15/10/2018
鈴木重子さんの文章は、いつも静かに深く私の心に沁みていきます。
ひさしぶりにまとめて読んで、とても清々しい気持ちになりました。
ていねいに自分と向き合いながら、音楽をしていきたいと思います。
ワークショップ、ぜひ参加したい。
先週の ワークショップ・コンサート
〜呼吸する身体、対話する音楽〜は、
とても深く満ち足りた、あたたかい時間に
なりました。
「ぼくがコンサートで演奏するとき
ステージに上がると、なぜか
『演奏家』として身構えて、
『観客』との間に、壁を作ってしまう。
こうしたワークショップ形式の場で演奏したかったのは、
ぼく自身が、安心して、無防備に
ただ弾きたかったからなんだ。」
ウォンさんの言葉を聴いて、
ああ、本当にそうだ、と思いました。
私たち演奏者も含めて、
そこにいるみんなが安心して、
こころの奥のやわらかい場所に触れることができる
場。
それを、私はつくりたかったんだ。
マイクを使わない、生の声の響きは
私の身体を震わせて、
そこから直接、
聴いてくれるひとの身体に
届くようでした。
寝転んだり、座ったり、
思い思いのやり方で、受け取ってくれる
その、ひとり、ひとりに向かって
自分の全部で歌いかける、
親密さを持てたことを、
本当にありがたく思います。
「身体を開いて聴く音は、
本当にこころの奥底に届きました。」
「涙が止まりませんでした。」
みなさんが伝えてくださる言葉を聴きながら、
私は、自分がいままで、
その感謝を、本当にこころを開いて受け取っていなかった、
ということに気がつきました。
このコンサートは成功だろうか?
上手くいっていなかったら、次回が続けられない、どうしよう!?
そういうふうに怖れていると、
みんなの言葉が、
「私はうまくやったか?」ということについての
批評のように受け取れてしまう。
けれど。
みなさんの笑顔と涙を見て、声を聴きながら
思いました。
そうじゃない。
このひとたちは、自分は幸せだと言ってくれているのだ。
私がやったことが、その役に立ったと伝えてくれている。
その、この、こころからの感謝を
ただ、受け取ればいいのだ。
ただ、それだけだ。
なんて、シンプルなことだろう。
なんて、満ち足りることだろう。
歌うことは、与え、受け取ること。
その、大きな贈りものをもらったこの日を
新しい出発の日にして、
また、ゆっくり歩いていきたいと思います。
ウォンさん、献さん、そして
共に場をつくり、存在を分かち合ってくださったみなさん、
本当にありがとうございました。