09/08/2024
●夏こそ絶とう、デジタル空間から!
酷暑や災害に苛まれる以外に、今夏、メンタルの不調や心の病という病巣に苦しんでいる人がとても多いように感じます。
芸能人の間での一方的な暴言、五輪選手への誹謗中傷、これらはネット上で炎上しており、日々、誰もが知るところです。世間一般の、私が携わる教育の業界に目を向けてみても、子供たちあるいは保護者の間で不安や悩みを抱えメンタル面で多くの方が苦しんでおられる様子が伝わってきます。
メンタル疲弊アラートなるものを発令しないと、このままでは重症患者を生み出しかねない、そうも危惧する毎日です。
ここでは、なぜ、いまこういった現象がネット空間も含め現実社会で起こっているのか?アラートを鳴らさないといけない状況にまで至っているのか?ということです。原因は一つに特定できなくても何かがきっとあるはずなのです。
私は、医師ではないのでメンタルの不調を抱える人を診断したり薬を処方したりはもちろん出来ませんが、たくさんの方たちをこれまで見てきた経験から、そういった方たちの特徴やメンタルが不調に至っているときの身体の反応や特定のパターンやその後に向かう精神状態がある程度、推測出来るようになっています。その結果、どこに原因があるのか?ということも絞り込めてきました。今日は、その原因について書いておきたく思います。
言葉に対し脳だけでしか反応できなくなると外部からの抵抗力が下がってしまう、ということです。
言葉に対し脳だけでしか反応できなくなる環境に今の時代のわれわれは囲まれているからどうしても外部からの攻撃に負けてしまいメンタルにまで影響を及ぼしてしまうということです。
では、脳だけでしか反応できない状態とはどういうことかを説明します。例えばですが、「あなたは段取りが良くないね!」と言われたとき、それをストレートに受け取ってしまうと、「私は段取りが悪い人間だ!」「私は段取りが悪い!」「私は悪い人間だ!」ということになります。言葉の持つ意味だけが膨張しそれを和らげてあげる柔軟剤が出てこなくなるのです。こういう思考状態を作り出しているのがデジタル社会です。わかりやすくてストレート、奥行きがなく代替えもない。そんな空間の中での死ねという言葉は恐ろしいでは済まされなくなるのです。
したがって、デジタル空間により言葉に対し脳だけでしか反応できなくなってしまっているがゆえに我々の精神は脆弱になっているということが言えるのです。デジタル空間から離れ、もっとアナログの世界で暮らす時間を持つことが今の時代のわれわれにとって必要な事ではなのです。
この場合のアナログとは、都会じゃなくて自然、機械じゃなくて手作り、ネットではなく人対人、車や電車ではなく歩行、です。土や水や空気に手足が触れ、その中で人と人との交流が自然に生まれる、そんな時間を増やしていくことが大事なのではないでしょうか。
先ほどの「あなたは段取りが良くないね!」という例をとってみても、そう言われたとき、心に自然由来の空き空間がいっぱいあれば、「どんなふうにすればよいですか?」と素直に聞き返すことが出来るでしょうし、「あなたよりは私はましだよ!」と開き直れたり、「でも、あの人はすごい!あの人のまねをしよう!」と謙虚な気持ちになれたりできるでしょう。「愚痴の多い人ね、この人は。」「ハイハイ、と聞いといてあげよう!」という心の余裕にさらには相手の心理を読むお釣りまで生まれているかもしれません。
デジタル社会で育った今の人は感受性が強いと思われがちですがそうではないでしょう。アナログで育った人の方が好奇心も旺盛でエネルギッシュで他人に対しての関心も高いと私は感じています。
これまでのデジタルの繁栄により格差がさらに広がったとも言えます。そのことでメンタルに影響を与えていることもあるでしょう。
便利な時代という砂上の楼閣の中、少しの雨風で日常の暮らしや個々のメンタルに支障をきたしてしまっているのが現代社会。それらを上手に使いこなせられる一部の人はいいでしょうが、私は大半の人がそうではないと思います。
今からでも遅くはないでしょう。アナログは古臭い、時代に逆行という感覚は捨てアナロガーなる新人類をたくさん作っていければと考えています。もちろん、私の場合は教育の世界においてですが。