22/08/2022
プロ野球観てても
高校野球観てても
技術や戦術以外の面で
「伝わってくるもの」がある。
(わからないひとにはわからない)
目には見えない「伝わってくるもの」
学校が受験生や親御さんたちに伝えたいことって何?
公立中学→公立高校でもいいのに
(何かの公立回避理由がある場合もあるけれど)
私立中学・高校(自校)への進学を決意させるものは何?
何だと思ってブースで受験生や親と対話してる?
プロ野球がわかりやすい。
どの球団の選手も、一応プロの選手たち。
そんれなりの技術や資質を持っている。
それでも1軍選手と控えと2軍・育成と差がつく。
両リーグで1位から6位まで差がつく。
選手個人でいえば、天賦の才の問題ではなく、
課題克服のために努力できる才能の差。
試合は、超一流・一流選手の数ではく、
集中力と執念の強い選手が多い方が勝つ。
言い方は悪いが、アホな選手が多いと勝てない。
監督や指導者の言うことも理解できないアホもいる。
学校もプロ集団のはず。
私学は、建学の精神と教育理念を持っていて、
どんな試合を見せるとか
どんな勝負にこだわるとかが明確なのだから、
教員は、自分たちがどんな選手になって、どんなプレーをして、
どんなチームになったらいいのか捉えやすい。
技術や戦術の問題ではないとするならば、
自分たちは何をすべきなのか。
生徒と話しをするときに
自分のことを『先生は…』と言ってるのを聞くと、
そのひとは、まず、根本的に理解できていないと判断する。
家庭も職場も社会も世界も、どこでも同じ。
「自分と自分以外の人間」という関係しかない。
そしたら、自分が使うべき一人称はわかるはず。
集団の最年少を基準にするから、
子どもに対して「おとうさんは…」と言い
3世代そろうと、父親に「おじいちゃん」と言う。
日本で生まれ育つと、違和感はないのだろう。
海外でもそうなのかな…。
個々の家庭のことだから、どうでもいいのだろうけど、
こと、職場では、先生は…という一人称はない。
課題克服のための努力をするには、
おかしな一人称を使う≪思考≫は邪魔になる。
アホから脱却できない選手は一流にはならない。
そんな選手が多いと、
プロ野球では到底常勝軍団にはなれない。
私立中学・高校の教員のみなさん、
みなさんは、プロフェッショナルです。
それを生業にしているのだからプロです。
プロの世界は厳しいです。
課題克服の努力をする覚悟がないなら
真剣に考え直してほしいです。
でないと、今の人口動態からすると、
10年後には、10校ぐらい無くなっていてもおかしくない、
そんな時代がやってくるんです。
『まァ、そこには入りませんから』と
結構呑気に返答されることもありますが、
根拠のない自信はアホの特徴です。
残る学校のほうが圧倒的に多いですが、
残っても、今の我々が想像できないような社会を
生き抜いていかなければならないわけです。
学校もそうですが、
今の小・中・高生たちは、
そんな世界で人生を生き抜かないといけないんです。
我々大人が、先生と呼ばれるひとたちが、
もっと子どもたちの生きる未来のことを想像してほしい。
今の自分たちに、子どもたちに、社会に、世界に、
何が欠けているのかを探してほしい。
ワクを取っ払って、ワクワクする試合なら、
やるほうも、観るほうも楽しい時間を過ごせる。
我々は、考えることができる。
【考動と協働】は、弊所のモットーでもある。
いずれの「場」においても、
これは、根本理念だと信じている。