JMCC 日本ミャンマー・カルチャーセンター

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2002年から、日本で一番ミャンマーを感じられるリトルヤンゴン高田馬場でミャンマー語講座などを通しての文化紹介やミャンマー人支援に取り組んでいるミャンマー人主宰のNPO法人です。

NPO法人 日本ミャンマー・カルチャーセンター(JMCC) 16/04/2026

မြန်မာနှစ်သစ်မှာပျော်ရွှင်ပါစေ✨️🌸✨️
ミャンマーの新年あけましておめでとうございます🎉

NPO法人 日本ミャンマー・カルチャーセンター(JMCC) マヘーマーが教えるミャンマー語 日常会話編 ミャンマーの新年おめでとうございます

Photos from JMCC 日本ミャンマー・カルチャーセンター's post 01/03/2026

私、ウチョーの日本語教室への思いです。

JMCCの日本語教室は、日曜日において、日本人のボランティアの先生方のご尽力によって、在日ミャンマー人への支援として、2002年の設立当初から運営されています。ただ、ミャンマー人の中には仕事があって、日曜日は来られない人もいます。そうした人のために、特別に平日の木曜日、3人のベテラン日本人の先生方が交代で授業をしてくださっていました。そんな平日クラスは少人数ながら長らく続いていました。

しかしコロナ禍によって、2020年3月から日本語教室が中止を余儀なくされると、日曜日の活動については6月にオンラインという形で再開したものの、平日のクラスは、担当の先生方にとってオンライン対応も対面授業再開もどちらも容易でなかったため、再開されることなく途絶えてしまいました。

そんな平日クラスでしたが、2021年2月に勃発した本国のクーデターがきっかけで再開となります。

コロナ禍は社会に大きな変化をもたらしましたが、そのうちの一つが、オンライン会議システムの急速な普及によって海外との距離がぐっと縮まったことです。やや大げさかもしれませんが、JMCCはその最前線にいました。2020年8月には、他団体に先駆けて、ミャンマー本国からライブ中継で本場の文化を紹介するイベント開催しました。

こうしたことから2021年、今まで想定できなかったミャンマー本国からの日本語教室への参加が始まったのです。とりわけ若者たちは、コロナ禍とその後のクーデターで将来に対する希望を失うようになっていたため、日本を目指す者が増えていきました。

そうした動機から学ぶ若者たちは、学校に通うが如く平日の教室を希望しました。在日ミャンマー人は、平日仕事があるため、日曜日にJMCCで勉強していましたが、本国の彼らは違います。そこで平日クラスの再開が求められましたが、既述のとおり、以前、担当してくださっていた先生方にはお願いできない状況でした。

そこで、やむなく所長マヘーマーは私が教えるよう指示。実は私自身全く覚えていませんが、以前「死んでも日本語は教えない」と言っていたそうです。しかしJMCCの活動のためには背に腹は代えられません。こうして所長の命令によって私がしぶしぶ始めたのが、2022年2月開始の平日朝の日本語クラスでした。

かくして平日クラスは再開され、その後、平日のオンラインクラスは、2024年には4クラスにまで増えました。それが今年に至っては9クラス。それだけ日本を目指すミャンマーの若者が増え、いかに彼らが必死にならざるを得ない状況にあるのかが、よくわかります。

私自身に記憶はないものの「死んでも教えない」と言ったことはたぶん本当でしょう。というのも、小学生時代、私は夏休みの宿題の読書感想文が嫌で仕方がなかったという筋金入りの国語嫌いだったからです。そんな私ですから、日本語を教えるなんて、当時からすれば思いもよらないことです。しかし、人生とはそんなものでしょう。私の本職は高校の「社会科」教師でしたが、これとて学生時代、最も嫌いかつ苦手教科だったのです。それでも30年間勤め上げてきたのですから、日本語を教えるのも何とかなるだろうと思って始めたものの、準備は本当に大変でした。ただ、始めてしばらくすると、思わぬ発見の連続で何と面白いことか。

例えば授業でこんなことがありました。以下は、並び替えて正しい文章にする問題です。

ください / 手を / ごはん / あらって / 食べて / 言いました / から / と / を

これについて、大半の生徒が以下のように解答しました。

「ごはんを食べてから手をあらってくださいと言いました。」

うーん、文法的には間違いではないが、正しくない。正解は、「手をあらってからごはんを食べてくださいと言いました」です。だから、これはいわゆる珍解答。そう思ったものの、ちょっと待て。それでJMCCの理事長だなんて胸を張って言えるのか。それでは了見が狭すぎるでしょ。なぜならミャンマー人にとって、これは珍解答でもなんでもないからです。料理を手で食べるならば、食べる前ではなくむしろ食べてから洗うことが重要なんです。実際、ビルマ料理店では多くの人々が食後に手洗いをしています。そんなミャンマーという異文化の常識に、発問する前の私は、思いが及んでいなかったわけです。

また、こんなこともありました。

「昔は私が父にしかられたものですが、今は反対です。」

これは「~ものだ」という文法についての練習問題ですが、さらに読解の練習もすべく、「今は反対です」とは、どういう意味ですか、と問いかけてみました。すると、すぐに色々な答えが返ってきますが、一向に正解に至りません。「私は、今はもうしかられない」ことを言いたいという理解は間違いではないものの、それではここで言わんとする「反対」という意味にはなりません。普段とても優秀な生徒たちが頭をひねっても、答えがどうしても出てきません。どうしたんだろう。。。生徒は質問の答えがわからず頭を抱え、私は彼らがなぜわからないのかがわからず頭を抱え。。。

あー、そうか!

わかりました。そうなんです。ここで言う「反対」の状態、すなわち、一人前の立派な大人になった子供が反対に親を叱る、などということは、ミャンマーの親子関係においてあり得ないのです。親子の立場が逆転するという概念がないミャンマー文化においては、たとえ言葉の上であっても、子供が親を叱る、などという表現はあり得ず、正解が思い浮かばないのです。

そうしたことが思いがけなく、生徒との会話のから出てくる日本語の授業は、私にとって発見の連続。日本ではあり得ない文化や習慣の違いや言葉のほんのちょっとの違いで起こる勘違いなどで大笑いしたり。例えば生徒たちにとって、日本語のカタカナ言葉は難しく、濁音なのか否かについてはかなりレベルの高い生徒でもしばしば間違えます。先日、上着の「コート」を電話の「コード」だと思い、「受話器を置くなり、コートを手に飛び出した刑事」の理解にモヤモヤしている生徒がいました。そんなに長い電話コードなんだ、と。しかし濁音ひとつの違いと気が付き、思い描いた光景のあまりのシュールさに大笑い。

ミャンマー人の生徒が日本語を勉強する動機はまさに真剣そのものです。だから、私もそれに応えるべく、準備に余念なく授業にのぞんでいますが、ミャンマーの人たちは、どんな状況でも楽しさを求めます。それは、現地ミャンマーを訪れるたびに強く感じることです。私は、そこにミャンマー人の誇りと強さを感じます。ですから、私も授業はできるだけ楽しくやるように心がけています。そしてそれをモットーに、私が必要とされることがなくなるまで、この活動を楽しく続けていくつもりです。

大の国語嫌い少年だった私が、いつの間にか、日本語に、残りの人生を賭けるものを見出していった。人生はわからないものですね。

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