14/05/2026
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お菓子のパッケージが「白黒」になる日。色彩が消えた先に、私たちが受け取るもの。
最近、驚きのニュースを耳にしました。 原料の調達不足により、あの親しみ深いカルビーのお菓子パッケージが「モノクロ」で展開されるとのこと。
色鮮やかな売場で、私たちは無意識のうちに「色」を目印にして商品を選んでいます。 コンソメパンチなら「オレンジ」、うすしおなら「青」。 視界に入る色彩の情報が、私たちの購買意欲を大きく左右しているのは間違いありません。
色彩講師として、そしてフォトグラファーとして、今回の変化には非常に興味深いものを感じています。
「味」を教えてくれるのは、舌ではなく「目」だった?
実は、味覚と視覚には深いつながりがあります。 目隠しをして鼻を摘んで食べると、何を食べたか分からなくなる……というお話、聞いたことはありませんか?
私たちは、食べる前にパッケージの「色」を見て、脳内で「あ、これはあの味だ」と先に認識しています。いわば、色彩を「味の先行情報」として受け取っているのです。
その色彩という情報が、日常の風景からふっと姿を消したとき。 私たちの感覚は、どんなふうに変わっていくのでしょうか。
色相(色味)がない世界で見えてくる「豊かさ」
「色がない」ということは、単に情報が減ることではありません。 色彩学的に見れば、赤や青といった「色相」がなくなるだけで、そこには「明度(明るさ)」と「彩度(鮮やかさの度合い)」という、もう一つの表現の世界が広がっています。
モノクロームの世界では、
わずかなグレーの濃淡(明度)
質感やコントラストの強弱
文字の視認性や余白の美しさ
これらが、これまで以上に饒舌に語りかけてくるようになるはずです。 情報が削ぎ落とされるからこそ、研ぎ澄まされる感性。 それは、私たちが本来持っていた「本質を見極める力」を呼び覚ますきっかけになるかもしれません。
変わっていく日常を、楽しむ心のゆとりを
これまで当たり前だった「色のある風景」が、少しずつ形を変えていく。 それは少し寂しい気もしますが、新しい美しさや工夫に出会えるチャンスでもあります。
モノクロのパッケージから、どんなジャガイモの力強さを感じるか。 色彩に頼らない表現が、私たちの五感をどう刺激してくれるのか。
色彩講師として、これからの「色のない日常」の風景を、大切に、そして柔らかく見守っていきたいと思っています。
皆さんは、いつものお菓子がモノクロになったら、何を目印に手に取りますか? 色のない世界で、何を感じるでしょうか。