10/07/2018
◾️1月27日・相互批判 ②◾️
間近に迫った名護市長選の応援を兼ねて辺野古にやってくるグループも少なくないのだが、神戸から来た人たちの中に、やたらテンションの高い人が一人。
マイクを何度か自分から握って発言しているうちに、興奮が高まったのか、「今日はみんな帰ることを考えないで(機動隊に)捕まろう。そうすれば大ニュースになる」と言い出した。
地元の人たちの間からは、小さなブーイングが起きたが、相手は遠方からやってきた支援者。果たしてどうなるのだろうと思ったら、座り込みのリーダーの一人の女性がマイクをとって話し始めた。
新基地反対運動の歴史を冷静に語り、自分たちは「怪我をしない、逮捕されない」というやり方で、長く運動を続けてきた。全員で逮捕されて全国ニュースになるというようなやり方ではない。多くの座り込み者から拍手が起こった。
この方は小柄ながら敏捷な人で、機動隊に運ばれていたかと思うと、檻の柵によじ登って機動隊を叱咤し、いつの間にか向こう側に降りている。機動隊員や座り込み者、マスコミなどが入り乱れる現場の混乱の中、出没自在でどこにでも現れる。
今回、新機軸だと感嘆したのが、工事ゲートに向かうダンプやミキサー車の前を、優雅に散歩する戦術。慌てて機動隊員が追っかける。抗議の意志表示であり、いくらかでも搬入の時間は遅れる。
この女性リーダーは実に見事なダンプの前の散歩者だった。
実は、わたしのささやかな辺野古通いを決定づけたのも、彼女のアジ演説だった。以下、「辺野古メモ 私的な」から採録しておく。
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■6月10日■(続き)
(前略)「オリ」の中でも、リーダーはマイクで怒りの声をあげ続ける。なかでも若い機動隊員に向かって「おばあ」がガンガン投げつける言葉は痛烈だった。
「君たちは、どこから生まれてきた? 沖縄戦で生き残ったおばあさん、おじいさんから、君たちのお母さん、お父さんが生まれ、その二人から君たちは生まれてきたのだ。今日、ここでやっていることを家に帰って話せるのか! 20年後に自分の子供に誇りを持って話すことができるのか!」
鉄さびの効いた声で、これを耳の穴に捻じり込むようにガンガンやられたら、さすがに地元の隊員たちは屈折せざるを得ないのではないか。彼らの宙を睨む無表情は、こうした「おばあ」たちの言葉をシャットアウトし、内心を守るためなのだろう。
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わたしの辺野古通いが細々続いているのも、こうした尊敬できる方々との出会いが数多くあることによるものだろう。
10/07/2018
◾️1月29日・相互批判 ①◾️
川口真由美さんを「辺野古の歌姫」と呼んでるのを聞いた覚えがある。座り込んでいる時、機動隊がやって来る前の集会で川口さんが歌いだすと、鼓舞されるようだ。さあ、これから機動隊が襲来するぞ、気合いを入れよう!
27日、雨の中、キャンプ・シュワブのメインゲート前をデモした際に、これを越えたらアメリカという黄色い線の上で、基地内に向かって歌い、踊ってくれた時にはシビれた。
そんな川口さんを、大音声で批判する女性が出現してビックリした。29日の2回目の座り込みが終わり、テント村に戻って集会した際に、リーダーに求められて川口さんが歌った。
その歌と歌の合間に、突然女性が立ち上がって「どうしてあの時、あの歌を歌ったのですか!」と詰問するような大声で質問したのだ。
川口さんも突然の異議に戸惑ってるようだったが、工事ゲートから出てくるダンプやミキサー車に抗議の声を上げている時に、「ウイー シャル オーバー カム」を歌ったのが納得できないということらしい。
その時、たまたま「文子おばあ」が、最前列のいつもの席に座っっておられたのだが、抗議女性は前に出てマイクを握ると、わたしには理解できない島言葉で話し始めた。切々と文子さんに訴えているようだったが、あっさり却下された。
席に戻った女性を、知り合いの女性がなだめるように付き添い、話していたが、全然納得する風ではない。
その後、3回目の座り込みで工事ゲート前に戻ると、たまたまわたしが座った近くに彼女がいて「どう思いますか?」と尋ねられた。そこで詳しく事情を聞いたのだが、目の前を工事車両が次々と出て行くあの場面は、運転手たちに対して強い怒りの声をぶつける時なのだ。
彼女も渾身の声を上げ続けていたが、それまでリーダーが握っていたマイクを川口さんに渡し、歌となった。
このタイミングは違うと思った彼女は、リーダーに歌はやめるべきだと進言したが、歌もドライバーへの怒声も、両方やればいいという判断だったとか。しかし、大音量のマイクで歌われると、それまでみたいな大声を上げる気になれない。しかも「ウイー シャル オーバー カム」は彼女にとって、直接的な怒りの表現とは思えなかった。
「辺野古のマドンナ(文子おばあ)に嫌われてしまった。今夜は眠れないかもしれない」と呟く。「遠くから来てくれた人を批判してはいけない、みたいな空気があるけど、仲良くするためには喧嘩しなければ」とも言った(川口さんは京都在住)。
彼女の激烈な怒りの表現は「仲良くするため」にはあまりに過激だったが、体の奥底から噴き上げてくるマグマのような怒りに触れて、わたしは圧倒された。
座り込みを排除された後、沖縄ナンバーのダンプが列をなして轟々と入って行き、出て行くのを見るのは、わたしにとって沖縄の分断を見せつけられる哀しみだったが、当事者ではない人間の感情だった。
こんなにもストレートな怒りの表明があり得たことに、わたしは新たな発見、出会いを感じた。
10/07/2018
◾️1月26日・牧瀬 茜さん◾️
雨の中、ダンサー・作家の牧瀬茜さんに遭遇したのにはビックリした。一度だけ拙作にゲスト出演して頂いている。
今回、たまたまスケジュールがシンクロし、わたしが名護滞在中に大浦湾に面した牧瀬さんの宿舎でライブをやることは知っていた。もちろん参加するつもりだった。
牧瀬さんは大浦湾の海で泳ぎ、ジュゴンや海洋生物に思いを馳せる。わたしのミーハー根性と違って、心から敬服した。
雨の中、ビニールのカッパを着て、座り込みの皆さんに挨拶された。県外からの参加者は、時々スピーチを求められるのだが、言葉の喋れないわたしは固辞してばかり。昨年は浜野監督も堂々演説していたが。
この後、大浦湾に面した牧瀬さんの宿舎で行われたライブにも参加した。野坂昭如と黒田征太郎の人魚をテーマにした本がモティーフだった。
海の中から何かが立ち上がってくる気配に感銘を受けた。ブルーの衣装は、沖縄に来てから自分で縫ったのだとか。
10/07/2018
◾️番外◾️
おお、これは紛れもない、わたしの靴底ではないか。何が嬉しいか? 両手両足、4人の機動隊員によって運ばれている記念写真なのである。
辺野古の師に、両腕2人と脚1人、3人の機動隊員によって運ばれることで満足すべきではない。両脚を1本ずつ担当させることで、一人でも多くの機動隊員を使役させることが肝要だと教えられた。
筋力不足でなかなか実現できなかったが、今日はそのコツを会得したような気がする。師に報告しなければ。
以下、沖繩タイムスのツイッターより。
沖繩タイムス辺野古・高江取材班
1月26日午前9時ごろ、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前では本日1回目の資材搬入が始まりました。機動隊がゲート前に座り込んで抗議していた市民らを強制排除。市民らは「違法工事は止めろ」と訴えています。
10/07/2018
◾️名護市長選2◾️
この選挙の帰趨が、辺野古の運動に多大な影響を与える。原発もそうだが、国全体に致命的な影響を与える施設が、立地市町村の了解だけで進められていいのだろうか。
稲嶺市長の総決起集会での演説や、若者が候補者に質問する会でのトークを聞いたが、誠実過ぎる人柄が伝わってくる。長く名護市役所に勤務し、教育長から「基地県内移設反対」を訴えて市長に立候補し、2回当選。
対する相手候補は自民党市議を5期務めた基地建設推進派で、マスコミや学生の企画した候補者同士の対談に一切参加せず、若者が質問する会にも結局出てこなかった。政府や官邸の支援をバックに業界団体を中心とした選挙戦で、公明党と維新の会の選挙カーが煩く市内を走り回っている。
今週は小泉進次郎が名護にやってくるらしい。メインストリートの電柱に、やたらポスターが貼られている。爽やかそうな表情が虚しい。親子揃って食わせ物。
10/07/2018
◾️名護市長選◾️
この発言は掛け値のないところだと思う。
名護のアーケードで若者が市長候補と話すイベント(相手候補は結局現れず)があったのだが、ハッタリなしで語りかける様子は、さすが8年前に名護の教育長から市長選に立候補した人だと思った。
この時は「基地の県外移設」を掲げ、容認の市政の歴史を逆転させた。
以下、稲嶺選対のツイッターより。(写真はアーケードのイベント。ヤマザキ撮影)
稲嶺ススム☆ネットシンカー
「わたしは、政治家になりたいと思ったことは一度もないんです。わたしは、ただ、地域行政の長でありたいだけなんです」
10/07/2018
◾️1月24日・N-5 護岸◾️
辺野古の岬の方に向かったところに突き出ているのがN-5 護岸。(写真の1枚目と2枚目)。
こちらも273mが完成し、先端から横に向かう工事に入っているようだ。オイルフェンス があって、あまり近づけない。
テント村で専門家の話を聞いたところでは、K-1 にしろN-5 にしろ、もっともやり易ところをやってるだけで、本格的な埋め立てが始まっている状況ではない。
2月4日の名護市長選挙で新基地推進派が勝利し、11月の沖縄県知事選挙で翁長県政を倒せば、市長権限と知事権限でストップされている障害がなくなるという目論見のようだ。
それでも海底の地盤が軟弱で、地質調査をいつまでやっても終わらないとか、直下を2つの断層が走っているとか、難しい条件は残る。
現在、海を埋め立てて作った護岸は、K-1 、N-5 以外に、大浦湾側に最初にできたK-9 護岸がある(写真3枚目。昨年8月に撮影したもの)。
これは計画の半分まで行かないところで中断し、やり直さなければならないのではないかと言われていたが、昨年11月からの石材の海上輸送で、陸側の受け入れに使われてしまった。
3つの護岸を足しても、計画の数パーセントに過ぎないという言い方もされるが、やはりテントでスピーチした女性生物学者によれば、護岸で浅瀬が仕切られてしまうと、海の深いところで生きる生物も根こそぎやられてしまう。
浅瀬は海の生物にとって、人間の肺のようなものだ。そこのところを県もわかっていないということだった。
彼女には、もう一度お話を伺いたい。
10/07/2018
◾️1月24日・カヌー&抗議船◾️
キャンプ・シュワブのゲート前座り込みは誰でも参加できるが、カヌー隊による海上行動はそうはいかない。沖縄でも冬の海は寒いが、毎日10艘以上のカヌーが、人目のつかないところで、連日抗議活動を展開している。
その模様は、自身もカヌー隊である作家・目取真俊さんのブログ「海鳴りの島から」に詳しい。
http://blog.goo.ne.jp/aw…/e/061ba59bea4f791889cae8d6e032ce2a
カヌー隊をサポートするのが抗議船だが、行く手には海を仕切るぶっといオイルフェンス があり、その内側では強面の海上保安庁のボートが待ち構えている。海の機動隊だね。
カヌー隊はオイルフェンス を越えて工事現場に近づき、工事を少しでも止めたいのだが、人数も船数もまさる海上保安庁との攻防戦となる。
目取真さんのブログによれば、オイルフェンス と海上保安庁の二重の障壁を突破するカヌーも少なくないようだが、現場で見ると相当難しそうだ。それにもめげず連日漕ぎ出して行く精神力には心底敬意を覚える。
カヌー隊を志願する人のために、カヌー教室も開かれている。実はわたしも仲本船長にカヌーの技術を覚えないかと誘われたのだが、根性なしのわたしは固辞した。第一、泳げないのだ。それでも大丈夫という船長だが、この冬の海の厳しい攻防戦を眼前にして、到底わたしにできることではない。
最後の写真は、海上保安庁に拘束されたカヌー隊員2名が、カヌーと共に連行されるところ。抗議船から、船長が励ましの手を振る。連行されても逮捕されるわけではなく、まもなく解放されるようだ。
10/07/2018
◾️1月24日・K-1 護岸◾️
23日夜の稲嶺ススム市長<必勝>総決起大会の会場で、抗議船「平和丸」の仲本船長と遭遇し、この日、船に乗せて頂くことができた。
朝7時半から、辺野古漁港近くのテント2で、カヌー&抗議船チームのミーティングに参加。名護からは6時半ごろ出て来るが、毎朝これをやっているという。
その後、船に乗せてもらうお客さん?のわたしたちは、キャンプ・シュワブのゲート前に徒歩で移動し、1回目の座り込みに参加。機動隊に蹂躙された後、辺野古漁港に戻って乗船した。
すぐ目の前にあるのがK-1 護岸。「護岸」といっても、埋立地の輪郭を形成する突堤みたいなもので、海に向かって突き出している。
昨年10月25日の海上行動の際には、岸辺で仮設道路を工事していたが、今回海に向かって巨大な埋め立て工事が行われているのを、初めて見た。
すでにカヌーチームは抗議活動を展開していたが、海は黄色く太いオイルフェンス で仕切られ、工事現場には近づけない。
巨大なクレーンがダンプ1台分の砕石を網のようなもので吊り上げ、ぐるっと半周して海に投下する。
それをショベルカーでならすのだが、ダンプ1台分の砕石の重量って、どれぐらいあるのだろう。海に飛沫をあげて落下していくのを眺めると、実に無残な思いがする。
砕石で土台を固めた後、その上に被覆ブロックという巨大なコンクリートを敷き詰め、護岸は完成する。
K-1 護岸は海に向かって216.6m突き出し、これはすでに完成した。ここから斜め前方に伸びるK-2 護岸の工事が始まっている。
10/07/2018
◾️1月23日・総決起大会◾️
あまりにも盛り沢山な出来事があった1日だったが、この日の夜は「稲嶺ススム市長<必勝>総決起大会」が開かれた。会場は名護市役所からも近い21世紀の森公園の屋内運動場。
かなり広い体育館だが、3千人を超える人が集まって、すごい熱気。本土では選挙にもろくに行ったことがないわたしが、選挙演説に大きな拍手を送っている。
この前の週に、南城市の市長選挙で超接戦の末に当選した瑞慶覧長敏(ずけらん・ちょうびん)市長が駆けつけ、登壇した時には胸が熱くなった。今回初めて知った人なのにね。名前の読み方も知らなかった。
演説した翁長県知事も、稲嶺市長も「辺野古の新基地は絶対作らせない」という主張を、真っ先に掲げているのは気持ちがいい。相手候補は新基地建設容認で市議5期務めて来たのに、今回は公明党の強力な応援を受けるため、曖昧にぼかしている。
律子夫人と並んで演説しているのが稲嶺市長。写真がうまく写っていないのは、人がいっぱいで最後方だったことと、目の前でビデオ撮影しているNHKのカメラマンが、わたしの肘から下げた手提げが三脚に当たっていると、脚立の上からブツブツ文句を言ってきたため(ということにしておこう)。
NHK沖縄支局の製作した「沖縄と核」(長短2バージョン)に目を開かされたわたしは、カメラマンにその旨伝え、激励しようかと思っていたのだが、やめた。
ただでさえNHK嫌いなのに、些細なことで注意されてムッときた。稲嶺応援の熱気で三脚が多少揺れたって良いだろうよ。それだけ神経質になってる三脚の間を、トイレに行くお婆さんが這って、くぐって行ったのには笑った。カメラマンは脚立の足元の助手を怒っていたけど。