05/02/2021
マンションのエレベーターを待っているとき、そこに誰かが居ると、挨拶(あいさつ)をしますね。
でも時々、挨拶を返さない人もいます。
みずから挨拶をするしないではなく、相手の挨拶を返さないのです。
朝、職場に着くと、職場にいる人たちに挨拶をしますね。
こちらが挨拶をしても、返さない人もいます。
こちらの挨拶を無視して、上司の挨拶は丁寧に返す人もいます。
子供の頃、保育園や幼稚園、小学校の先生はしっかりと挨拶を教えてきたと思います。
それなのに、大人になって社会人になっても、自分から挨拶をしない人もいれば、挨拶を返さない人もいます。
この記事を読まれている人も、挨拶をしたけれど、返されなかった経験はあるかもしれません。
そうなんです、挨拶を返さないというのは、「無視する」ということなんです。
ラポールが築けていないため、最悪のコミュニケーション能力になります。
「人生の質は、コミュニケーションの質である。」
(アンソニー・ロビンズ)
共同体感覚という言葉があります。
自分の利益のみを追求するのではなく、人や世の中に貢献することで幸せを得ることが必要という考え方であり、感覚です。
挨拶を返さない人は、この共同体感覚が欠如した状態にあります。
自分の給料で自立しているし、税金も納めている。挨拶を返さないくらいで何が悪いの?という感覚です。
「自分の力だけで生きている」という感覚を持っています。
自分や特定の人以外は「敵」として見ているか「関心がない」にしてしまうのです。
一方で、共同体感覚の高い人は、自分以外の人にも「関心」を持っています。
そして「自分は生かされている」という感覚を持っています。
アルフレッド・アドラーは、共同体感覚の欠如した人についてこう語っています。
「彼らが自らの目標を達したときに、彼ら以外の誰も利益を受けないし、彼らの関心はただ彼ら自身にしか及ばないのである。」
(アルフレッド・アドラー)
周りに関心がなく、自分にだけ関心が集中してしまうと、どうなるか?
人を応援することが出来なくなります。
誰かの成功を嫌がり、誰かの失敗を喜んでしまうのです。
そして、人を蔑(さげす)む言葉を言うようになり、ことあるごとに責任転嫁をするようになります。
そういう人は「面倒くさい」という言葉が大好きです。
挨拶をするのも面倒くさい。
挨拶を返すのも面倒くさい。
目標を持つのも面倒くさい。
研修に出るのも面倒くさい。
仕事をするのも面倒くさい。
「面倒くさい」を使うことによって、自分なりに行動しない理由を作っているのです。
本当に「面倒くさい」のではありません。
「面倒くさい」という決断を自分でしただけなのです。
もし、「面倒くさい」と言ってしまったら・・・ウソ嘘!とすぐに消してくださいね!(笑
挨拶は、今の自分自身の状態を写し出している鏡のようなものです。
その状態が言葉や行動、そして表情にあらわれます。
それは、意識して良い状態に持っていくことが出来ます。
自分から挨拶をする。
挨拶を気持ちよく返す。
たったそれだけでも、良いのです。
挨拶の出来ない、共同体感覚の欠如した、利己的な大人になってはいけない。
挨拶ひとつですが、とっても大切です。
共同体感覚を持ち続けてください。
「人は居場所がないと感じると、精神を病んだり、アルコールに溺れたりする。
他者に貢献することで、居場所を確保すればいい。」
(アルフレッド・アドラー)
マンションのエレベーターを待っているとき、そこに誰かが居ると、挨拶(あいさつ)をしますね。 でも時々、挨拶を返さない人もいます。 みずから挨拶をするしないではなく、相手の挨拶を返さないのです。 朝、職場に...