クレイン英学校

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名古屋市いりなか駅前の英語塾 
世界に羽ばたくための英語が身につく

31/03/2026

【クレインの先生紹介】クレインの先生は海外経験豊富な先生たちばかり。英語だけじゃなく、海外の文化も一緒に学びましょう!

#昭和区 #いりなか #塾 #英語 #留学

Photos from クレイン英学校's post 30/03/2026

現地レポート8日目午後
お昼ご飯は旧市街でポテトフライのようなものを食べました。みんなお腹がすいていたのでぺろりとすぐ食べちゃいました!!デザートはアップルパイがでてとても美味しかったです!

次はユダヤ人の高校生との交流でした。
最初は学校内を案内してくださり、キッチンや隠れ家や教室を紹介してくれました。
少し特殊な学校で隣にホテルがありホテルで授業をしたり、ピザパーティーを時々みんなですると聞き日本と全く違って面白かったです。
お互いに平和教育や学校生活などのプレゼンテーションをしました。
ポーランドの学校ではウクライナが近いため、戦争が起こった時にどうすれば身を守れるかや怪我をした時の応急処置の方法、銃を打つ練習などをすると聞き、日本では全くそのような教育はないのでとてもびっくりしました。
そして、お菓子交換の際では日本のお菓子をとても美味しい!と言って下さりすごく嬉しかったです。
抹茶はポーランドの若者の中でとても流行っているらしく、アフタヌーンティーのような少しオシャレな飲み物として認識されてるようです。最近の10代が使うスラングや学校の校則などを教えてくれて興味深かったです!
その他にも街散策を一緒にして、ユダヤ人の歴史やポーランドの平和教育についてなど色々な価値観を聞けて良かったです。
最後にはみんなでインスタを交換したりBeRealを撮ったりして楽しく過ごしました!
最後の夜ご飯のスープとお肉とアイスを味わいながら食べることができました。

明日はもうポーランドを離れて日本に帰ります!のこりのあとすこしをみんなで楽しんで笑顔で帰ります!!
K.H.

Photos from クレイン英学校's post 28/03/2026

8日目の朝です!
私はホテルでサンドイッチを朝食べました。
今日の午前の前半はワルシャワ旧市街の観光見学です。
一般的にワルシャワはヴィスワ川の両岸に広がっているとされていますが、現地の人的には西岸がワルシャワで、東岸はプラガという別の街だそうです。ワルシャワにはソ連からのプレゼントの宮殿があり、もうすぐ建て替える予定だそうです。

街を歩いていると、近づくとショパンの曲が流れるベンチがありました!実はショパンはポーランド人で、ショパンにゆかりのある場所にこのベンチがあるそうです。 

さて後半はワルシャワ蜂起博物館です。
ワルシャワ蜂起博物館には二次大戦勃発から分割占領後までの流れとワルシャワ蜂起に関する展示がありました。
1939年に第二次世界大戦が勃発したあと、ポーランドの4分の1はドイツ直轄領に、また4分の1はドイツ領ポーランド総督府に、残りの2分の1はソ連領に分割されました。
食糧の配給が滞り、9万人のポーランド人やユダヤ人が餓死したそうです。
また、一人のドイツ兵が殺されると50人のポーランド人が殺されるルールも存在していたそうです。

そして展示は1944年のワルシャワ蜂起に移りました。蜂起の中心となったのはポーランド国内軍で、ロゴはPと錨を組み合わせたものです。
蜂起した理由は、戦後ソ連傘下の共産主義にならないために自力で首都を解放して主権を主張するためだそうです。
彼らはワルシャワの地下水道を利用して戦いました。狭くて通りづらかったですが、去年のベトナムで行ったクチトンネルよりマシだと思いました。ちなみに地下水道を2キロ歩くのに4時間かかり、さらに道に迷いやすいそうです。

最初は数週間で終わると思われていましたが、意外にも63日間も抵抗し続けたそうです。それを記念して博物館の中に設置された壁が一分間に63回のペースで鼓動していました。
蜂起には女性や少年兵も参加し、鎮圧には罪人で結成されたナチス親衛隊傘下の部隊が使われたそうです。

ワルシャワ蜂起の後のヒトラーの命令による爆撃で、街は破壊され、ゲットーは特に粉々にされました。終戦後、街は生き残ったポーランド国民によってヒビ一本まで再現されたそうです。
M.M.

Photos from クレイン英学校's post 28/03/2026

7日目午後 現地レポート
ヴロツワフから案内してもらったガイドのゾフィアさんと、クラクフ駅で別れました。ゾビアさんからはユダヤ教のことやカトリックのこと、クラクフの歴史をたくさん教えてもらいました。この学びを次に繋げたいです。

次に、ワルシャワに電車で向かいました。ピースアカデミー初の電車移動だったのでワクワクしました。窓からの眺めは大半は林や森、畑がひろがっていました。
移動中には人狼ゲームをして盛り上がり、これまでより一層仲良くなりました。
ワルシャワはこれまでの都市でいちばん大きくて驚きました。到着後すぐにホテルに向かいました。
夜ご飯はホテルから歩いてすぐの大型ショッピングセンターで、プレゼンを一緒に作った子達と一緒に与えられた金額の中で食べました。
わたしたちは散々悩み、最終的にピザに決めました。思たより量が多くて驚きました。完食しました。
仲間との、絆が深まった気がします。今日1日ありがとうございました。
K.I.

Photos from クレイン英学校's post 28/03/2026

現地レポート 7日目午前
朝、寝坊しながらも食材豊富なビュッフェを朝食にいただきました。その後、すぐにオスカー・シンドラーの琺瑯工場博物館に向かい、さまざまな事を学んだと共に感じ取ることができました。

クラクフでは総督府が置かれたため、大規模な空爆や破壊を逃れたものの裏ではホロコーストが盛んに行われた地域でもあります。今回の博物館ではそのような中での人々の暮らしが詳しく説明された資料がたくさんありました。その中でも私は戦前には楽しそうに暮らしていたユダヤ人が印象的でこの後の自分達が受ける悲惨なことなど予想だにしない様子が窺われ、心が痛みました。

また、映画『シンドラーのリスト』でもでてきたタイプライターや撮影に使われた場所などオリジナルのものが残されていたため、映画の場面を思い出す機会になりました。
その後にクラクフの思い出になる自分へのお土産が買えて嬉しかったです。

午後からは列車に乗ってクラクフを去り、ワルシャワに向かいますが今までここで学んできたことを忘れないように記録に残しておかないといけないなと思いました。
K.H.

Photos from クレイン英学校's post 27/03/2026

現地レポート6日目午後
お昼ご飯を食べた後、ガルツィアユダヤ博物館へ行き戦後のシナゴーグやユダヤ人の人々を写真で見ました。ホロコーストの中生き残ったあるユダヤ人家族の過ごし方を見ました。

そこで私は人の身分を買って生活している家族を知りました。自分の大切な名前、誇りにしている国籍なども捨て、全く知らない別人にならないと生活していけない状況を見て、とても心が痛みました。

他にも外見も内装も美しいシナゴーグが1938年からの数年で全て壊されてしまったのを見て、なぜこんなにきれいなものを残すこともできないのかなと考えました。宗教に関するものは全て破壊されて、悲惨な状況でした。
これに対して先生は、シナゴーグが壊されるのは日本の神社や寺が破壊されるのと一緒だと言っていました。シナゴーグや神社、寺など宗教に深く関わるものは歴史が長いことが多いと思うので戦争が起こっても守るべきだなと思いました。

その後、ユダヤ人地区のカジミエシュを散策しました。ユダヤ人の霊園があったり、ホテルの下にまだ使えるシナゴーグのお風呂があったりと町の見えないところも知ることができました。
途中でシンドラーのリストで撮影に使われた階段などを見ることができました。そこは元々ユダヤ人のゲットーで、ユダヤ人が住んでいたということを知りました。

そのあとショッピングモールに行って買い物をしました。日本には見ないものがたくさんあってとても興味深かったです。私はグミをたくさん買いました。おいしかった自分の知らなかったことをたくさん知ることができてとても学びの深い1日でした。
K.I.

Photos from クレイン英学校's post 27/03/2026

現地レポート⑦午前
ホテルでの朝食はこれまでと同じでビュッフェでした。果物系のスムージーがいくつか置いてあり、どれも新鮮でとても美味しかったです。今日はまず、世界遺産に登録され、ポーランドの国家的シンボルであるヴァヴェル城へ訪れました。ヴァヴェル城はおよそ11世紀から17世紀にかけての600年近くの間、政治・文化の中心地として、歴代国王に居住されてきました。また、居住だけでなく国王の戴冠式や葬儀など様々な儀式の舞台としても使われてきました。ポーランドの歴史において大きな役割を担ってきた場所です。
この場所は様々な時代の建築様式が混在する構造になっています。高い天井やステンドガラスなどが特徴の14世紀のゴシック様式と円柱や半円ドーム、シンメトリーなどが特徴の16世紀のルネサンス様式などが主に使われています。魔法の世界、映画の世界の中にいるような不思議で美しい空間でした。しかし、長年の占領や軍の駐留によって一度は荒れてしまいました。それでも様々な団体や企業の協力によってWWI後には復興され、現在その美しい姿を残し続けて多くの人々に訪れられています。このことを知って、現在は残っているけれども人の争いによってこのような美しい建物が一度は失われかけてしまったと思うととても残念な気持ちになり、戦争が人間にとっても建物にとっても悲惨なものであるということを感じました。
最後に訪れたのは聖マリア教会。中は装飾や彫刻、壁画などで豪華で美しく、とても力強い雰囲気でした。ヴァヴェル城をも圧倒する迫力がありました。中央の祭壇には聖母マリアの生涯が彫り込まれ、金箔に装飾されており豪華で立体的な聖像が置かれておりとても神秘的でした。まさにポーランドにおけるカトリック信仰の象徴するような場所だと感じました。

Photos from クレイン英学校's post 26/03/2026

現地レポート⑦
朝食はビュッフェでした。
うどんのカップ麺や寿司があって久しぶりに日本食を食べられて嬉しかったです。

アウシュビッツ強制収容所では「あなたの立っているところ」という本の翻訳もしている中谷さんにガイドをしていただきました。実際にアウシュビッツを見学して見て本物の髪の毛や実際にユダヤ人が作っていた靴や服、カバンなど生々しい展示が多く、やはり写真や映画で見るよりも実際に説明してもらった方が歴史をより深く学べるなと思い、印象に残りました

また、人間同士が争い、人が他人のことを人間として見なくなることが一番恐ろしいという言葉も確かにその通りだと思い印象に残りました。

アウシュビッツ強制収容所をガイドさん付きで見学できるなんてもう一生ないと思うのでとてもいい経験ができました。

昼ごはんと夜ご飯はじゃがいもが少なくて食べやすかったです。
振り返りでは自分には思いつかなかったことがたくさん知れてよかったです。

Photos from クレイン英学校's post 26/03/2026

現地レポート5日目

今日もホテルの美味しい朝食からスタート。どのホテルも種類が豊富で、特にソーセージやハム、チーズなどがとても美味しかったです。
朝食後はアウシュビッツへ3時間半かけてバスで向かいました。アウシュビッツについたら、まず第一収容所に向かうため、歩いていた時に犠牲者の名前がずっと流れていて、本当にここで犠牲になった人達がたくさんいるんだなとまずここで初めに実感できました。
その後、第一収容所へ行きました。ここでは100万人以上の人が犠牲になった場所だとしりました。そして、私が一番驚いたのは75%〜80%の人が働かず、そのままガス室へ送られたということです。
働くことすらできず、生きることを選択できなかった当時の人の気持ちを考えた時にとても胸が熱くなりました。
そして、私がもう一つ驚いたことは、人間らしく扱われていなかったから、自分は人間だと思うようにアクセサリーやクリスマスツリーを作ったりしていたことです。私は人生で一回も人間だと思おうとは思ったことがないです。思ったことがない人の方が多いと思います。でも、当時はそれだけユダヤ人やポーランド人を人間として見ていなかったという絶対にあり得ない事が起こっていたんだなと改めて実感しました。

そしてその後はホテルへ行き、夕食をとりました。夕食はトマトスープと魚とケーキでした。

夕食をとった後は、振り返りの時間でした。ここでは自分が今日感じたことをみんなと共有する場で、それぞれ人は感じた事が違うから、それを人と共有する事でまた自分に学びがあると考えました。
K.I.

Photos from クレイン英学校's post 25/03/2026

現地レポート⑤
ブロツワフは小人の街として知られています。
小人は共産主義反対運動の象徴で、町中の至る所で小人の像を見つけることができました。小人はそれぞれ異なる形をしており、どれも個性的です。薬局前にはおそらく頭痛を抱えたもの、レストラン前には満腹で寝転ぶものなど。特に、一番最初にできたとされる小人はどこかシュールな出立ちをしており、学生たちは共に写真を撮るなどしてブロツワフの記念の一枚を残しました。

ホワイトコウノトリシナゴーグはユダヤ人コミュニティのために機能した会堂で、現存する唯一のシナゴーグです。
現在は、コミュニティ内のユダヤ教徒減少のため、一階のホールは礼拝には使用されておらず、コンサートなどで開催されているそうです。2階にある部屋には、聖書が保管されており、そこで館長さんからユダヤ教の祭日についてお話ししていただきました。
モーセによる出エジプトの際、イーストを使用しない簡易的なパンを食したり、遺体を野生動物に食べられないよう、その上に石を置いておくといった伝統が取り入れられているそうです。ユダヤ教は厳格な戒律主義的性格を持つ宗教であることはすでに知っていたものの、現在も厳格に伝統を守り続けていることを知り、驚きました。
また、新年が開けた9日後に神が人々の一年の運命を書き記す「生命の書」という概念があるとお聞きしました。これまで学んでいた死生観とは異なる新たな情報に少し混乱しました。そのほかにも多くの情報が一度に頭の中に流れ込んできて、学んでも学びきれないことにもどかしさを感じました。しかし、実際の信者の方にここまで詳細にユダヤ人の伝統を教えていただくことは日本では難しい経験だと思うと、Peace Academy で訪れるすべての場所での一瞬一瞬を自分の糧にしたいという気持ちが高まります。
それと同時に、ただ知識を吸収するだけでなく、現地で自分の肌で感じた感覚や感情をアウトプットすることの重要性に気付かされました。

聖ヨハネ大聖堂は、島に造られたゴシック様式の大聖堂です。その内部には美しく輝くステンドグラスや高いアーチ型の天井が広がっており、厳かな雰囲気と共に、来訪者を圧倒します。
かつては大聖堂だけでなく、その前に広がる広場も70〜80%破壊され、壊滅的な状況でした。大聖堂の外には1945年当時の写真が展示されており、その悲惨さには言葉が出ませんでした。しかしながら、現在の街並みはその傷跡を一切感じさせることのないほど美しく、ヴロツワフの人々による復興に対する強い思いを感じ取ることができました。

その後は、6時のミサを告げる鐘の音を聞きながら、夕食に向かいます。
今日のメニューはイースターの時期に食べられる卵入りスープ、メインにはチキン、食後にはフルーツサラダ。
地下に広がる隠れ家のような空間で、まるでブロツワフの小人になったような気分で食事を楽しみました。

1日の振り返りで先生からいただいたお題は「これまでの経験で、“忘れられない場面”は?」学生たちは嬉しかった瞬間、悔しかった場面、驚いた出来事など、それぞれ思い思いのストーリーを伝えました。お互いの新たな一面を知ることができたと同時に、すべての人に人としての尊厳や唯一無二の人生があるのだということに改めて気付かされました。明日はいよいよアウシュビッツ強制収容所を訪問します。そこで亡くなった方にも尊厳やストーリーがあるのだということを今一度心に留め、過去の歴史を学んな上で、自ら考える機会にしたいと新たに決意を決めた夜でした。

Photos from クレイン英学校's post 24/03/2026

現地レポート④午前
朝食はホテルのビュッフェでした。パンやフルーツの種類が豊富でとても美味しい朝食をいただきました。
朝食後ドイツを発ちポーランドのブロツワフへ約4時間かけて移動しました。ガイドの斎藤さん話をききながらドイツについての理解をより一層深めることができ、有意義な時間を過ごすことができました。ドイツの国境をこえる瞬間をみれたことがとても印象でした。
ブロツワフ到着後は早速昼食をいただきました。ロールキャベツを食べることができてその中にお米が入っていたので久しぶりに日本を感じることができました。
K.T.

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