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未来へ手渡すべきものは、便利さではなく人間らしさ 2026.07.16 わかる!できる!ためのお話      私たちの暮らしは、科学技術の進歩によってかつてないほど便利になり、AIを含めた新しい力が日常に入り込んできました。 しかし、その便...
16/07/2026

未来へ手渡すべきものは、便利さではなく人間らしさ

2026.07.16 わかる!できる!ためのお話

 私たちの暮らしは、科学技術の進歩によってかつてないほど便利になり、AIを含めた新しい力が日常に入り込んできました。

 しかし、その便利さの影で、人間の心や社会の価値観が十分に成熟しているかと問われれば、胸の奥に小さなざらつきが残ります。

 皇位継承の問題にしても、単に「誰が天皇になるか」という制度の話ではなく、私たちの国がどのような価値観を未来へ手渡そうとしているのかという、もっと深い問いが横たわっています。

 男系男子に固執する姿勢、女性天皇や女系天皇を認めない政治の流れ、夫婦別姓が進まない現実——これらはすべて、女性の役割を固定し続けてきた社会構造の延長線上にあります。

 私は日々、困り感を抱えた子どもたちと向き合い、その背後で涙を流しながら相談に来るおかあさんたちの姿を見ています。

 お父さんが悪いわけではありません。ただ、社会が「ケアは女性の役割」と決めつけてきた長い歴史の中で、男性が家庭のケアに参加しづらい構造が残り続けているのです。

 皇位継承の議論で男系男子が当然のように語られることと、家庭で母親だけが子どもの困り感を背負い込む現実は、実は同じ根から生まれています。

 家父長制の価値観、家制度の残存、女性にケアを押しつける文化——これらが形を変えながら、今も私たちの暮らしの中に息づいています。

 便利さが増しても、心の余裕が増えたわけではありません。

 少子化は進み、不登校やいじめは増え、家族の形は揺らぎ、子どもたちの生きづらさは深まっています。

 これは家庭の問題ではなく、社会の価値観が変わりきれていないことの結果です。

 人間はどう生きるべきか、夫婦はどう支え合うべきか、家族とは何か、そして子どもたちの育ちをどう守るべきか——これらはすべて別々の問題ではなく、一つの大きな流れの中にあります。

 オオクワガタの命をつなぐ営みを見ていると、自然界ではメスが命の中心であり、次の世代をつなぐ核であることがよくわかります。

 人間社会の「役割」は自然の摂理ではなく、文化と制度が作り上げたものです。

 だからこそ、私たちはその文化と制度を問い直し、次の世代が生きやすい社会をつくる責任があります。

 子どもたちは、大人の生き方を見て育ちます。

 大人がどう生きるかを問い直すことこそが、教育の出発点であり、未来への贈り物です。

 今、私たちは大きな岐路に立っています。

 技術が進んだだけでは、人間の幸福は守れません。

 便利さの先にある「人間らしい生き方」をもう一度見つめ直し、家族の形、男女のあり方、社会の価値観、そして子どもたちの育ちを、私たち一人ひとりが考えていかなければならない時代に来ています。

 皇位継承の議論も、夫婦別姓の問題も、子どもの困り感も、すべては「人間がどう生きるか」という問いへとつながっています。

 私たちの社会がどこへ向かうのか、その答えは制度ではなく、私たち一人ひとりの心の中にあるのだと思います。

#瑞穂市 #学習塾 #小学生 #中学生 #特別支援教育

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命が身を守るときの知恵  昆虫の防御反応から見つめる、大人の成熟と子どもの未来 2026.07.6 わかる!できる!ためのお話      オオクワガタを毎日観察していると、命というものがどれほど繊細で、どれほど強く、そしてどれほど不思議な営...
06/07/2026

命が身を守るときの知恵  昆虫の防御反応から見つめる、大人の成熟と子どもの未来

2026.07.6 わかる!できる!ためのお話

 オオクワガタを毎日観察していると、命というものがどれほど繊細で、どれほど強く、そしてどれほど不思議な営みをしているのかを教えられます。

 今日、あおむけになり、まるで死んでしまったかのように見えたオオクワガタが、しばらくして再び動き出した姿を見たとき、私は改めて命の奥深さを感じました。

 オオクワガタは外敵から身を守るために、防御反応として仮死状態になることがあります。

 その小さな体が、環境に応じて身を守り、体力を回復させようとする姿は、命が持つ知恵そのものだと感じます。

 生き物は、ただ生きているのではなく、見えないところで必死に自分を守りながら生き抜こうとしているのだと気づかされます。

 その一方で、今日のニュースでは、父親が六歳の娘を殺してしまったという痛ましい事件が報じられていました。

 オオクワガタが必死に命を守ろうとする姿を見た直後に、人間が自らの子どもを手にかけてしまうという現実に触れると、胸の奥が締めつけられるような思いになります。

 命を守ろうとする生き物と、命を奪ってしまう人間。その対比はあまりにも大きく、あまりにも悲しいものです。

 こうした事件が起こるたびに思うのは、子どもをよりよく育てたいと願うなら、まず大人自身がよりよく生きられるようにならなければならないということです。

 子どもは環境の産物であり、親や周囲の大人の生き方がそのまま子どもの心を形づくります。

 大人が未熟であれば、子どもはその影響を避けることができません。

 昔から「教育は人なり」と言われてきましたが、その言葉の意味は今こそ深く受け止めるべきだと感じます。

 魅力ある大人がいれば、子どもは自然と伸びていきます。逆に、大人が荒れていれば、子どもは迷い、傷つきます。



 だからこそ、地域の活動や自治会の取り組み、青少年育成の場が重要になります。

 家庭だけでは支えきれない部分を、地域が補い、社会全体で子どもを守る仕組みが必要です。

 そして、塾で進めている豊かな学びプロジェクトのように、大人自身が学び直し、命や自然や人との関わりを見つめ直す機会をつくることが欠かせません。

 子どもに学びを提供するだけでなく、大人もまた学び続けることで、子どもにとってよりよい環境が育まれていきます。

 オオクワガタの小さな命が見せてくれた不思議さと尊さは、人間社会の愚かさや痛ましさを照らし出しながら、同時に私たちに希望も与えてくれます。

 命を理解しようとする姿勢、他者を思いやる心、学び続ける意欲。それらを大人が身につけていくことこそが、子どもたちの未来を守る最も確かな道だと感じます。

 子どもの前に、大人の生き方が問われています。

 私たち自身がよりよく生きることが、次の世代の命を守り、育てることにつながっていくのだと思います。

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揺れながら伸びる子どもたち  その姿を理解し、信じる大人であるために 2026.07.4 わかる!できる!ためのお話     子どもの成長は、決して直線的ではありません。伸びる時期、停滞する時期、揺れ動く時期が複雑に重なりながら、心と体と学...
05/07/2026

揺れながら伸びる子どもたち  その姿を理解し、信じる大人であるために

2026.07.4 わかる!できる!ためのお話

子どもの成長は、決して直線的ではありません。

伸びる時期、停滞する時期、揺れ動く時期が複雑に重なりながら、心と体と学力が少しずつ噛み合っていきます。

教育の現場では、その「噛み合う瞬間」が突然訪れ、子どもが驚くほど伸びていく姿を何度も目にします。

だからこそ、保護者の方が抱える“今の姿への不安”に対して、揺るぎない安心をお届けできるのだと思います。

特に大切だと感じるのは、「親は子育ての初心者である」という視点です。

これは批判ではなく、深い理解に基づくものです。

親は我が子しか見ていません。だからこそ、比較もできず、見通しも持ちにくく、今の姿に心が揺れるのは当然です。

その不安を責めるのではなく、寄り添い、導き、支えることが、周囲の大人に求められる姿勢だと感じます。

そして、子どもの成長を信じること、保護者と共に子どもを育てること、教育者がその橋渡し役を担うこと──この三つは、子どもを支える大人たちに共通して必要な視点です。

子どもの成長を信じるまなざしは、経験だけでなく、理念として学び、共有されるべきものだと思います。

こうした視点は、若い先生方にも、保護者にも、地域の大人にも広く伝えていく価値があります。

教育とは、子どもの未来を信じる大人がもう一人増えること。その積み重ねです。

今日の懇談で保護者の方が少し楽になったのは、その「もう一人」が増えた瞬間だったのでしょう。

子どもの成長を信じ、支えようとする大人が増えることは、子どもだけでなく、家庭や学校、そして社会全体の未来を静かに照らしていく力になると感じています。

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子育ては初心者でいい  ― 大人が支え合うことで未来はひらく 2026.07.4 わかる!できる!ためのお話     子どもは確実に成長していきます。私は長年の教育現場で、その姿を何度も見てきました。学力だけではなく、体も心も、そして人とし...
04/07/2026

子育ては初心者でいい  ― 大人が支え合うことで未来はひらく

2026.07.4 わかる!できる!ためのお話

子どもは確実に成長していきます。

私は長年の教育現場で、その姿を何度も見てきました。

学力だけではなく、体も心も、そして人としての成熟も、日々の経験を通して着実に育っていきます。

しかし、保護者の方々が目にしているのは、どうしても「今の子どもの姿」だけです。

学力が伸びない、変化が見えない、進路をどう考えればよいのか──そんな不安が胸を占め、子どもの未来を現在の姿だけで判断してしまうことがあります。

でも、今の姿がそのまま続くわけではありません。

むしろ、今の姿だけで未来を決めつけてしまうことこそ、大きな誤解だと私は強く感じています。

中学生期は、心の成長がまだ追いつかず、学力が思うように伸びないことがよくあります。

しかし、高校に進むと、心が一気に成熟し、学びへの姿勢が変わり、驚くほど伸びることは珍しくありません。

大学に進めば、さらに大人としての自覚が芽生え、社会への視野が広がります。

子どもは一瞬一瞬の経験を通して、確かに変化し、成長していくのです。

だからこそ、今の姿だけを見て過度に心配する必要はありません。

子どもの成長のプロセスを信じ、見守る姿勢がとても大切だと私は思います。



とはいえ、保護者の立場からすれば、見えるのは目の前の子どもの姿だけであり、不安が生まれるのは当然です。

親は子育てにおいて常に初心者であり、見よう見まねで試行錯誤し、聞いた情報を頼りにしながら日々向き合っています。

だからこそ、教育者が果たすべき役割は、子どもの指導や支援だけではなく、保護者への助言や支えを丁寧に行うことだと私は強く感じています。

教育の本質や成長の見通し、家庭での適切な関わり方を伝えることは、子どもの成長を支えるうえで欠かせない大切な営みです。

今日の進路懇談でも、保護者の方は一生懸命に子どものことを考え、どう向き合えばよいかを模索しておられました。

私の話を聞きながら、子どもの成長のプロセスを理解し、家庭での関わり方の方向性をつかみ、少し肩の力が抜けたように感じられました。

教育者が保護者の不安を受け止め、成長の見通しを示し、必要な支援のあり方を伝えることで、家庭と学校が同じ方向を向き、子どもの成長をより確かなものにしていくことができます。

今日の懇談は、その大切さをあらためて実感する機会となりました。

子どもの成長を信じること。

そして、その成長を支えるために、保護者とどう向き合うかを考え続けること。

教育者としてのこの姿勢こそが、子どもたちの未来をひらく力になるのだと、私は今日あらためて感じています。

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個別最適化こそ子どもの学びを開く鍵 — ICTの本来の役割を問う 2026.07.1 わかる!できる!ためのお話      懇談で、担任の先生から「授業を聞かないと高校には行けないし、将来大変困りますよ」と言われたと、保護者の方は心配そうに...
01/07/2026

個別最適化こそ子どもの学びを開く鍵 — ICTの本来の役割を問う

2026.07.1 わかる!できる!ためのお話

 懇談で、担任の先生から「授業を聞かないと高校には行けないし、将来大変困りますよ」と言われたと、保護者の方は心配そうに話してくださいました。

 確かに授業を聞くことは学びの基本であり、学校生活の大切な要素です。

 しかし、この言葉が小学三年生に向けられたとき、私はどうしても違和感を覚えます。

 まだ発達の途上にある子どもに、十年先の未来を脅しとして突きつけることは、教育的な言葉とは言いがたいからです。

 まして、その子は困り感を抱え、発達障がいの診断を受けている児童です。

 「授業を聞けない」のではなく、「授業を聞くことが難しい特性をもっている」子どもなのです。

 その子に未来の不安を与える言葉を向けることは、可能性を閉じてしまう危険があります。

 私は保護者の方に、「まだ三年生ですから、可能性は山ほどあります。ここで学習に向かっているので、まだまだこれからです」とお伝えしました。

 小学三年生は、学びの芽がようやく土から顔を出し始めた段階です。

 注意の持続、自己調整、抽象的な理解など、どれもこれから育っていく力です。

 その芽を脅しで押しつぶすのではなく、どう伸ばすかを一緒に考えることこそ、教育の役割だと私は思います。

 授業に向かうためには、子ども自身の努力だけではなく、周囲の支援が欠かせません。

 聞きやすい環境づくり、視覚的な手がかり、短い指示への分解、安心して失敗できる場、そしてできたところを認めるまなざし。これらが揃って初めて、子どもは授業に向かう準備が整います。

 「聞けないなら困る」という指導ではなく、「どうすれば聞けるようになるかを一緒に考える」という姿勢が必要です。

 そもそも、一斉授業だけで全員が学べるはずがありません。

 学校教育は長い歴史の中で、一斉授業を中心に発展してきました。

 しかし今、私たちはその限界を目の前で見ています。

 子どもたちは均質ではありません。

 注意の向け方、理解の速度、得意な感覚、苦手な処理など、すべてが違います。

 それにもかかわらず、同じ説明を同じ速度で聞き、同じタイミングで理解することを求められています。

 この構造のままでは、困り感のある子どもは置き去りにされてしまいます。

 ICT教育が進んだ現代において、本来タブレットは「一斉授業を効率化するための道具」ではなく、「個別最適化を実現するための道具」であるべきです。

 自分のペースで学べること、得意な感覚で理解できること、振り返りが容易であること、多様な教材にアクセスできること──ICTは本来、子どもの多様性を支えるために存在しています。

 一斉授業の形をそのままタブレットに置き換えても、学びの本質は変わりません。

 むしろ、子どもの違いを見えにくくしてしまう危険さえあります。

 子どもたちは、本来学ぶことが好きです。

 新しいことを知ることに胸を躍らせ、できるようになることに喜びを感じます。

 その自然な学びの力を育てるためには、脅しではなく可能性を信じる言葉、一斉ではなく個別に寄り添う授業、管理ではなく支援としてのICTが必要です。

 今日の懇談での出来事は、一人の子どもの困り感から始まりましたが、私たちが教育の未来を考えるための大切な問いを投げかけています。

 子どもたちが夢と希望をもって学べるように、授業の在り方そのものを見直す時期に来ているのだと強く感じます。

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教育の再生は、夢と希望から始まる 2026.06.29 わかる!できる!ためのお話     不登校の児童生徒は35万人、いじめの件数は76万件を超え、過去最多となっています。こうした数字を見るたびに、子どもたちが弱くなった、夢を持てなくなっ...
30/06/2026

教育の再生は、夢と希望から始まる

2026.06.29 わかる!できる!ためのお話

不登校の児童生徒は35万人、いじめの件数は76万件を超え、過去最多となっています。

こうした数字を見るたびに、子どもたちが弱くなった、夢を持てなくなった、我慢ができなくなったと語る大人の声が聞こえてきます。

できないことがあればすぐに検査を受けさせ、教室で落ち着けない子は別室へ連れていく。

子どもたちを「問題」として扱い、指導や支援の枠に押し込めていく。

けれど私は思うのです。これは本当に子どもたちだけの問題なのでしょうか。



子どもたちに「夢がない」と言う前に、大人たちは夢を語っているでしょうか。

子どもたちに「我慢が足りない」と言う前に、大人たちは現状に耐え、努力を続けているでしょうか。

私は、そうは思いません。

社会全体が未来を語れなくなり、大人自身が夢や希望を持てなくなっている。

その姿を見て育つ子どもたちが、未来を明るく想像できるはずがありません。

子どもたちの問題に見える現象の多くは、実は大人の側の夢の欠乏が映し出されたものではないかと感じています。



私はこれまで、教育課程を変えることの必要性を訴えてきました。

それは確かに大切です。

しかし、今の教育に最も欠けているものは、制度やカリキュラムではありません。

先生自身が夢を語り、希望をもって子どもの前に立つこと。

そして学校が子どもたちの夢と希望を育む場所になることです。

子どもは先生の生き方から未来を学びます。

先生が夢を語れば、子どもは未来を信じる。

先生が希望を持てば、子どもは自分を信じる。

教育の原点は、ここにあるのだと思います。



「夢と希望」という言葉の響きは、私が教師になりたての頃の気持ちを思い出させます。

子どもたちの未来を信じ、教育の力を信じ、夢中で教室に立っていたあの頃。

気がつけば私はもう60歳過ぎになりました。

しかし胸の内には、まだ消えない灯があります。

私は、まだ夢の途中にいます。

だからこそ、もう一度頑張らなければならないと思うのです。

それが、私の夢であり、希望です。

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AI時代にこそ問われる 「学びの原点」 2026.06.20 わかる!できる!ためのお話     AIが急速に広がり、社会がその扱いに戸惑いながら進んでいる今、教育の現場でも「AIをどう使うか」が大きな話題になっています。研修や商品が次々と...
20/06/2026

AI時代にこそ問われる 「学びの原点」

2026.06.20 わかる!できる!ためのお話

AIが急速に広がり、社会がその扱いに戸惑いながら進んでいる今、教育の現場でも「AIをどう使うか」が大きな話題になっています。

研修や商品が次々と生まれ、AIを使いこなさなければ取り残されるかのような空気さえ漂っています。

一方で、ノルウェーのように、学習へのAI活用を禁止し、読み書き算に立ち返る国もあります。

しかし、私はこのどちらの極端にも違和感を覚えます。

まるで「読み書き算」か「AI」か、どちらかを選ばなければならないかのような議論が先行しているからです。

本来、教育はそんな単純な二項対立で語れるものではありません。

読み書き算は、どの時代でも揺るがない基礎です。

そしてAIは、これからの社会で生きるために必要な道具です。

どちらかを捨てるのではなく、どちらも大切にしながら、子どもたちの未来を支えていくことが本流であるはずです。

ところが、流行や焦りに押されると、教育はすぐに“形だけ”の取り組みに傾きます。

AIの使い方を覚えることが目的になり、子どもに何を育てたいのかという本質が置き去りにされてしまうのです。

これでは、AIに翻弄されるだけで、教育の力は弱まってしまいます。

私は、教育が育てるべき力は、知識理解や思考判断表現力だけではないと考えています。

それ以上に大切なのは、関心・意欲・態度です。

世界に興味を持つ心、自分から学ぼうとする姿勢、人や自然に向き合う態度。

これらは、どれほどAIが進化しても、決して代わることのできない人間の力です。

そして、この力は、読み書き算の学びの中にも、AIを活用する学びの中にも、自然や命に触れる体験の中にも育ちます。

大切なのは、どの手段を使うかではなく、何を育てたいのかという教育の根っこを見失わないことです。

流行に流されず、主流に惑わされず、本流を見つめ続けること。

それが、これからの教育に求められる姿勢だと私は思います。

子どもたちに本当に必要な力を育てるために、私たちは今こそ、教育の原点に立ち返りながら、新しい時代の学びを丁寧に紡いでいく必要があります。

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思いやりが社会をつくる ― 老害という言葉を超えて 2026.06.19 わかる!できる!ためのお話     近ごろ、「老害」という言葉を耳にすることが増えてきました。テレビでも特集が組まれ、高齢者が社会のマナーを守れなくなることや、同じ話...
19/06/2026

思いやりが社会をつくる ― 老害という言葉を超えて

2026.06.19 わかる!できる!ためのお話

近ごろ、「老害」という言葉を耳にすることが増えてきました。

テレビでも特集が組まれ、高齢者が社会のマナーを守れなくなることや、同じ話を繰り返すことが問題として語られていました。

しかし、私はその語り口にどうしても違和感を覚えます。

まるで老化そのものが障害であるかのように扱われ、「どうすれば老害にならずに済むか」という対策が語られていたからです。

けれども、老化とは誰にでも訪れる自然な営みです。

脳も身体も衰えますし、反応が遅くなることも、記憶が薄れることもあります。

それは人間として当たり前の姿であり、決して矯正すべき欠陥ではありません。

問題は人ではなく、社会の受け止め方のほうにあるのだと私は思います。



私は地域で、一人暮らしの高齢者や要支援者の見守りを続けています。

民生委員が不在の地区だからこそ、地域の誰かが支えなければなりません。

その中で気づいたのは、高齢者は歳を重ねるほどに、子どものように純粋になっていくということです。

財布を出すのに時間がかかることも、同じ話を何度も繰り返すことも、少し“ずれた”行動をすることもあります。

しかし、それらはすべて自然な老化の表れであり、その人の人生の積み重ねがにじみ出た、愛おしい姿でもあります。

だから私は、「迷惑をかけない高齢者を育てる」のではなく、「迷惑と感じない社会を育てる」ことが大切だと考えています。

人を変えるのではなく、人を受け入れる環境を整えることこそが本質だからです。



この構造は、学校でもまったく同じです。

「この子は発達障がいだから支援を」という言い方は、一見優しさのようでいて、実はその子を問題の中心に置く発想です。

本当に必要なのは、その子が自然に存在できる環境をつくることです。

かつて教育現場で盛んに語られたインクルーシブ教育やユニバーサルデザインは、今では流行り言葉のように消えかけています。

しかし本来の意味は、すべての人がそのままで受け入れられる社会をつくることだったはずです。

高齢者も、子どもも、障がいのある人も、誰もが弱さを抱えて生きています。

そして弱さは誰か一人のものではありません。

人生のどこかで、必ず私たち自身にも訪れます。

だからこそ、弱さを排除する社会ではなく、弱さを受け入れ合う社会をつくる必要があります。

その根っこにあるのは、ただひとつのシンプルな言葉です。

思いやり。

思いやりとは、相手を変えようとすることではなく、相手の存在をそのまま受け止める力だと私は思います。

老害という言葉は、人を切り捨てます。

しかし、思いやりは、人をつなぎます。

高齢者の行動を問題と見るのではなく、その人の人生の物語として受け止めること。

発達障がいを特別な支援の対象と見るのではなく、その子の特性を含めて環境を整えること。

そうした社会こそが、すべての人が豊かに生きられる社会だと感じています。

私はその未来を、地域での実践の中に見ています。

そしてその未来は、私たち一人ひとりの思いやりから静かに始まっていくのだと思います。

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不登校を責めるのではなく、そこにある命の声を聴く 2026.06.18 わかる!できる!ためのお話     不登校の問題に向き合うとき、私はいつも一つの違和感を抱きます。なぜ不登校対策の議論は、子どもを中心に置いているように見えながら、実際...
18/06/2026

不登校を責めるのではなく、そこにある命の声を聴く

2026.06.18 わかる!できる!ためのお話

不登校の問題に向き合うとき、私はいつも一つの違和感を抱きます。

なぜ不登校対策の議論は、子どもを中心に置いているように見えながら、実際には子どもを取り巻く大人の構造ばかりが前に出てくるのでしょうか。

岐阜県美濃市では、不登校対策として教育長、医師、管理職、スクールカウンセラー、相談員、市教委が集まり、プロジェクトチームを組んで協議を重ねています。

その取り組みからは、子どもを支えたいという真剣な思いが伝わってきます。

しかし、そこに医師が入るという構造が、どうしても「不登校=医療的支援が必要な状態」という印象を強めてしまいます。

もちろん、医療的な支援が必要な子どもはいます。

けれども、私がこれまで出会ってきた多くの不登校の子どもたちは、病気ではありませんでした。

ただ学校という環境に合わなかっただけで、心の奥には普通の子どもと同じように、好奇心も優しさも、未来へ伸びようとする芽も確かに息づいています。

不登校を医療モデルで捉えてしまうと、子どもは「治すべき存在」になってしまいます。

しかし、本来問われるべきは子どもではなく、学校の側だと私は思います。

学校という場所は、子どもにとって意味のある場所になっているでしょうか。

学びは、子どもの未来に希望の灯をともしているでしょうか。

大人たちの姿は、子どもに「こんなふうに生きたい」と思わせるものになっているでしょうか。

不登校は、子どもが弱いから起こるのではありません。

むしろ、学校が子どもにとって魅力を失いかけているという、社会からの静かなSOSなのだと感じています。

さらに気になるのは、不登校対策の会議に「子どもに直接かかわる先生」の姿がほとんど見えないことです。

担任、学年主任、生徒指導、教科担任――子どもの日常を最も深く知るのは、この人たちのはずです。

それなのに、議論の場には管理職や専門家ばかりが並び、教室の空気を吸っている先生の声が届きません。

これでは、子どもの息づかいが議論に反映されるはずがありません。

学校の外側からの議論だけでは、子どもの日常の温度や揺らぎは見えてこないのです。



私は、不登校対策の核心は「学校を変えること」だと思っています。

制度を変えることも必要ですが、それには時間がかかります。

けれど、今の枠組みのままでもできることがあります。

それは、一つでもいい、子どもが「面白い」と感じる授業をつくることです。

授業が変われば、子どもは学校に来る理由を見つけます。

子どもが「行きたい」と思える瞬間は、管理職の会議室ではなく、教室の中で生まれます。

だからこそ、子どもの目の前に立つ先生が主体的に授業をつくり、子どもと向き合うことが何より大切なのです。

不登校の子どもたちは、決して特別ではありません。

彼らはただ、学校という枠組みの中で息苦しさを感じただけなのです。

だからこそ、変わらなければならないのは学校の側です。

子どもたちが「ここで学びたい」と思える場所にすること。それが、不登校対策の本質であり、教育の原点でもあると私は考えています。

子どもたちと感動したい、子どもたちの未来を支えたい――その思いで教師になったはずの大人たちが、もう一度その原点に立ち返ることが求められているのだと、私は強く感じています。

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未来を創るのは、今を生きる私たち 2026.06.16 わかる!できる!ためのお話     私たちは、生まれ、育ち、そして死んでいく。この流れはあまりにも当たり前で、疑うことすらありません。しかし今日、東京大学の小林教授の「なぜ生き物は死ぬ...
16/06/2026

未来を創るのは、今を生きる私たち

2026.06.16 わかる!できる!ためのお話

私たちは、生まれ、育ち、そして死んでいく。

この流れはあまりにも当たり前で、疑うことすらありません。

しかし今日、東京大学の小林教授の「なぜ生き物は死ぬのか」という講義を聞きながら、私はその当たり前を初めて深く問い直しました。

生き物はなぜ死ななければならないのか。もし死なずに生き続けられるなら、そのほうが自然ではないか。そんな素朴な疑問が胸に浮かびました。

けれども、教授の話を聞くうちに、死が「必要な仕組み」である理由が見えてきました。

それは進化のためです。

環境は決して不変ではなく、気候も、食べ物も、社会も、価値観も、常に変化し続けています。

その変化に適応するために、生き物は世代交代を繰り返し、遺伝子を更新し続ける必要がある。

死は、終わりではなく、次の命がよりよく生きるための自然のデザインなのだと気づきました。

この話を聞きながら、私は自分の人生を振り返っていました。

幼少期、学生時代、社会人として歩んできた日々。

そのどれもが、今の子どもたちの環境とはまったく違います。

にもかかわらず、私たち大人はつい「昔はこうだった」「自分の時代はこうしてきた」という価値観で子どもたちを縛りつけてしまう。

しかしそれは、変化した環境に適応しようとする自然界の営みに逆らう行為です。

過去は変えられません。けれど、今と未来は変えられる。

その柔軟さこそが、私たち大人に求められている姿勢だと強く感じました。



福山雅治さんの「生きてる生きてく」という曲があります。

のび太くんを励ます歌で、今の努力や失敗が未来の誰かの力になるというメッセージが込められています。

私たちの人生の中で経験する苦しみも、つらさも、喜びも、挑戦も、すべてが次の世代の“遺伝子”として受け継がれていく。

そう考えると、どんな経験も無駄ではなく、むしろ未来の誰かを支える土台になるのだと思えてきます。

生き物が死を受け入れながら進化していくように、私たちもまた、日々の経験を未来へとつないでいるのです。

だからこそ、今をしっかり生きることが大切なのだと思います。

過去にしがみつくのではなく、過去の良いところだけをそっと抱きしめ、未来を創造していく。

それが、生きる者の使命であり、次の世代へ命をつないでいく者としての責任なのだと感じます。

そして、この生命観を、私は子どもたちにも伝えていきたい。

命はつながり、変わり続けることで生きているということ。

失敗も、涙も、挑戦も、すべてが未来の誰かの力になるということ。

そのことを、子どもたちが自分の人生の中で実感できるような学びをつくっていきたい。

今日の講義は、そんな思いをあらためて強くしてくれました。

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