稲盛ライブラリー

稲盛ライブラリー 稲盛ライブラリーに関する情報をはじめ、稲盛和夫の思想や経営について紹介するページです。

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2017年9月1日
 京セラ株式会社稲盛ライブラリー

◆稲盛和夫の生涯㉖ セラミックの技術を再結晶宝石へ1970年、高度経済成長を背景に、日本人の暮らしは豊かさを増し、人々は物質的な充足だけでなく、アクセサリーやファッションなど、美しさや個性の表現を求めるようになっていました。なかでも宝石への...
16/09/2026

◆稲盛和夫の生涯㉖ セラミックの技術を再結晶宝石へ

1970年、高度経済成長を背景に、日本人の暮らしは豊かさを増し、人々は物質的な充足だけでなく、アクセサリーやファッションなど、美しさや個性の表現を求めるようになっていました。なかでも宝石への憧れは高まっていましたが、良質な天然宝石の原石は世界的に不足し始めており、その希少性から価格も高騰していました。

こうした時代背景の中で稲盛は、「宝石をつくれないか」と考えるようになりました。それは、宝石もセラミックスも同じ鉱物結晶であり、自らの専門分野だったこと。また、上質な原石が次第に枯渇し、市場では品質の劣るものまで高値で取引される状況に疑問を抱いたからでした。

「京セラが培ってきた技術の延長線上で、新たな市場を創り出せるのではないか」と考え、ファインセラミックス技術を応用した「再結晶宝石」の開発に挑むことになりました。

最初に取り組んだのはエメラルドの再結晶です。何度実験を重ねても結晶は思うように成長せず、天然宝石とまったく同じ組成および結晶構造を人工的に再現する再結晶宝石の開発は、容易なものではありませんでした。

しかし稲盛は「今はまだ大きな結晶はできないかもしれない。しかし自分の能力を未来における進行形でとらえ、つねに進歩していると信じるんだ。これは世界でも例を見ないイノベーティブな研究成果になる」と励ましました。
挑戦と失敗を繰り返し、1975年春、ついに日本初となる2センチの大型結晶の育成に成功しました。

再結晶宝石は、「クレサンベール」ブランドとして販売を開始しましたが、「天然石こそ本物」という価値観が強く、天然宝石と同じ組成・結晶構造をもつ再結晶宝石であっても、なかなか受け入れられません。販売開始でつまずき窮地に立ちましたが、それでも稲盛は、全国で展示販売会を開催し、営業部員に対しても「販売のプロとして、誰も売れると思わないものを売ってみよう」と先頭に立って鼓舞し続けました。

その後、アレキサンドライトやルビー、ブルーサファイアなど新たな再結晶宝石を次々に開発。品揃えの充実とともに、不純物のないその美しさは宝石愛好家の間で高く評価されるようになり、固定ファンも着実に増えていきました。

稲盛が貫いた「最高品質の宝石を適正な価格でお客様にお届けすれば、その価値は必ず理解していただける」という信念――再結晶宝石への挑戦は、既成概念を打ち破り、新たな価値を創造しようとする稲盛の姿勢を象徴する挑戦だったのです。

写真 
1枚目:クレサンベール直営店開業
2枚目:エメラルド原石
3枚目:第一号のエメラルドを使った指輪(記念の品として稲盛が着用)

◆連載「稲盛和夫の口ぐせ」第5回「持っとるか?」「持っとるか?」――稲盛に随行すると、随所でこの言葉を投げかけられることになります。随行者に預けたクラッチバッグの無事を確認しているのです。車移動のときに大きな荷物があれば、それが「積んだか?...
13/09/2026

◆連載「稲盛和夫の口ぐせ」第5回「持っとるか?」

「持っとるか?」――稲盛に随行すると、随所でこの言葉を投げかけられることになります。随行者に預けたクラッチバッグの無事を確認しているのです。車移動のときに大きな荷物があれば、それが「積んだか?」に変わります。鞄やスーツケースがちゃんと車のトランクに積み込まれていることを確かめているのです。

この言葉は、生来の慎重な性格を表しているとともに、注意深い仕事の進め方を反映しています。稲盛は、「有意注意」と自ら言うように、日常あらゆることに細心の注意を払い続けた人でした。

稲盛27歳、京セラ創業2週間前から約10年にわたり記してきた備忘録(手帳)が残されています。毎日毎日、「今日あったこと」「明日やるべきこと」を、丹念かつ詳細に書き留めています。決して達筆ではありませんが、几帳面な文字で綴られ、殴り書きなど見当たりません。

若いときから一日一日をど真剣に生きてきた稲盛は、日常茶飯、何ごとにおいても、着実かつ正確、かつ安全にものごとを進めていくことが習い性となっていたのです。

写真:
1枚目:自筆の手帳
2枚目:定規も使いながら資料を確認する稲盛
3枚目:駅のホームで見送りの盛和塾生に本の説明をする
※2~3枚目:資料の確認や説明をするときには、一つひとつ丁寧におこなってきた

◆『稲盛和夫の実学』文庫新装版⑫ 『稲盛和夫の実学』文庫新装版(日経BP)から、稲盛の言葉をご紹介いたします。まず大事なことは、経営は幹部から一般の社員に対してまで「透明」なものでなければならないということである。つまり、経営トップだけが自...
09/09/2026

◆『稲盛和夫の実学』文庫新装版⑫
 
『稲盛和夫の実学』文庫新装版(日経BP)から、稲盛の言葉をご紹介いたします。

まず大事なことは、経営は幹部から一般の社員に対してまで「透明」なものでなければならないということである。つまり、経営トップだけが自社の現状が手にとるようにわかるようなものではなく、社員も自社の状況やトップが何をしているのかもよく見えるようなガラス張りのものにすべきなのである。

会社は、決して経営者の私的な利益を追求する道具ではない。会社の使命は、そこに働く従業員一人一人に物心両面の幸福をもたらすと同時に、人類、社会の発展に貢献することである。当然、経営者は率先垂範して、この会社経営の目的を達成するために最大限の努力をしなくてはならない。透明な経営を実践すれば、この使命達成のためにトップが先頭に立って奮闘していることが、社員の目からも一目瞭然になってくる。

また、逆に万が一、経営トップが会社のお金を少しでも私的なものに流用したり、また、接待だからといってゴルフや飲食に多額のお金を使っていれば、やがてはすべて社員の知るところとなる。それでは、社員から信頼されるどころか、社員の離反を生み出すだけである。透明な経営を行うためには、まず、経営者自身が、自らを厳しく律し、誰から見てもフェアな行動をとっていなければならない。
(『稲盛和夫の実学』文庫新装版、p.143-144)

◆第5回 稲盛和夫講話映像視聴会「人は何のために生きるのか―稲盛和夫が『生き方』に込めた思い―」開催について稲盛ライブラリーでは、より多くの皆さまに稲盛の思想に触れ、人生や仕事にお役立ていただくことを目的として、下記の通り映像視聴会を開催し...
08/09/2026

◆第5回 稲盛和夫講話映像視聴会「人は何のために生きるのか―稲盛和夫が『生き方』に込めた思い―」開催について

稲盛ライブラリーでは、より多くの皆さまに稲盛の思想に触れ、人生や仕事にお役立ていただくことを目的として、下記の通り映像視聴会を開催します。
今回は、2026年3月にデザインを一新した『新版 生き方』の発刊を受けて、関連映像をご視聴いただくとともに、その内容や稲盛の書籍出版にかけた思い、考え方などを解説します。

6月開催の前回に引き続き土曜日に開催いたします。日常の慌ただしさから少し離れ、心静かな学びのひとときをお過ごしください。なお、映像視聴後には、ご希望の方を対象に解説員による稲盛ライブラリー館内見学ツアーをご用意しております。

【開催概要】
■日時
2026年10月17日(土)
・第1部 映像視聴会10:00~11:00
館内見学ツアー(希望者のみ)11:00 ~12:00
・第2部 映像視聴会14:00~15:00
     館内見学ツアー(希望者のみ)15:00~16:00
*第1部・第2部ともに同じ内容で開催いたします。

■テーマ
人は何のために生きるのか―稲盛和夫が『生き方』に込めた思い―

■内容:講話映像「人生を導く真理-2つの法則と2つの心構え―」視聴     
2001年7月2日 盛和塾関西地区塾長例会(当時69歳)
および解説(計60分)
■会場
〒612-8450 京都府京都市伏見区竹田鳥羽殿町9番地 
京セラ株式会社 稲盛ライブラリー8階
■定員
各回50名(先着順)
■参加費
無料
■申込方法
下記よりお申し込みください。   
https://forms.cloud.microsoft/r/nh1mNHyYMZ

◆ホテル京セラが開業した日 -稲盛和夫が描いたホスピタリティの原点-(1995年9月1日)1995年9月、鹿児島県国分市(現・霧島市)に「ホテル京セラ」が開業しました。現在、ホテル京セラは南九州を代表するホテルのひとつとして、観光やビジネス...
02/09/2026

◆ホテル京セラが開業した日 -稲盛和夫が描いたホスピタリティの原点-(1995年9月1日)

1995年9月、鹿児島県国分市(現・霧島市)に「ホテル京セラ」が開業しました。現在、ホテル京セラは南九州を代表するホテルのひとつとして、観光やビジネスに利用されています。その背景にあるのは、立地条件や設備ではありません。創業以来、従業員一人ひとりが大切にしてきたホスピタリティの精神です。

京セラの工場がある国分市では、1990年代当時、日本旅館が多く、海外からのお客様が利用しやすい宿泊施設は多くありませんでした。海外から訪れたお客様が空港から1時間かけて鹿児島市内のホテルまで移動されている様子を目にした稲盛は、「世界の国々から来られたお客様にも満足いただける立派なホテルが必要だ」と強く思うようになります。

採算面が課題とされた立地ではありましたが、地域の将来的な発展への貢献も視野に入れ、現在の霧島市にホテルを建設することを自ら決意しました。そして従業員に対しては、「心」の重要性を繰り返し説いていきました。

「お客様に、明るい笑顔と優しい思いやりに満ちたもてなしで感動していただき、『また泊まりたい』と言っていただけるホテルになってほしい」
こうした思いのもと、ホテル京セラはスタートしたのでした。

当時、ホテル事業は京セラにとって未経験の分野でしたが、稲盛は京セラが大切にしてきた顧客第一主義をホテル運営でも実現するため、専門業者への委託ではなく、直営方式を選択しました。そして、ホテル運営を志願した工場の従業員とともに、その実現に取り組みました。

開業以来ホテル京セラでは、稲盛が抱いたこの信念と、それに応えようとする従業員が一体となって実践に努めてきました。今後もその精神を受け継ぎ、お客様お一人おひとりに心温まる感動と、心地よい余韻をお届けできるホテルを目指していきます。

写真
1枚目:ホテル全景
2枚目:ホテル京セラ アトリウム内観 
3枚目:オープニングレセプションで挨拶する稲盛(1995年8月31日)

◆工場をめぐるエピソード「一つの善の循環が生まれた地、長野岡谷工場」かつて「東洋のスイス」と称された長野県諏訪地域にある京セラ長野岡谷工場は、周囲の山岳風景や諏訪湖の美しい景観と調和した、風光明媚な工場です。ここは、1983年に京セラと合併...
31/08/2026

◆工場をめぐるエピソード「一つの善の循環が生まれた地、長野岡谷工場」

かつて「東洋のスイス」と称された長野県諏訪地域にある京セラ長野岡谷工場は、周囲の山岳風景や諏訪湖の美しい景観と調和した、風光明媚な工場です。
ここは、1983年に京セラと合併したカメラメーカー・株式会社ヤシカの主力工場でした。合併当時のヤシカには創業家をめぐるスキャンダルなどもあり、稲盛の周囲にはその合併に反対する声も少なくありませんでした。

しかし稲盛は、合併発表前に行った抜き打ち視察の際、生産ラインで3台の製造機械を一人で担当し、懸命に働く社員の姿を目にします。そして「これだけ頑張っている社員を見て感心し、何とか助けてあげたいと思った」と後年語っていました。

この合併は「戦後初の業際合併」と報じられたものの、実質的には救済合併であったため、ヤシカの社員のなかには労働条件の低下を心配する人も多くいました。しかし稲盛は、ヤシカの歴史は否定しない方針とし、ヤシカでの勤続年数を合併後もそのまま引き継ぐことにしました。さらに、ヤシカのほうが優れていた労働条件はそのまま維持し、京セラを下回っていた部分については京セラの基準まで引き上げることで、社員が不安を抱くことなく安心して仕事に打ち込める環境を整えました。それは、「一生懸命働く者や正直者がバカを見ない世界をつくりたい」という稲盛の思いによるものでした。

こうした稲盛の姿勢に心を打たれたヤシカの社員たちは、その後カメラづくりにさらに励み、ヤシカ時代を上回る3度のカメラグランプリを受賞するなど、日本のカメラ史に残る製品を生み出しました。さらに、稲盛が第二電電(現・KDDI)を設立して通信事業に参入した際には、営業部門を中心に多くの社員が同社に出向し、稲盛とともに通信の新しい時代を切り開いていったのです。

これは、稲盛が後年よく語った「善の循環」の一つといえるでしょう。稲盛に救われたヤシカ社員がその恩に報いるために、カメラ事業や第二電電事業の発展に向け、それぞれの立場で、それぞれの方法によって力を尽くし事業を支えたのです。長野岡谷工場は、まさにその「善の循環」が生まれた原点、スタートだったのではないでしょうか。

なお、合併前の視察の際、稲盛が京セラで所有のヘリコプターで京都から岡谷工場へ向かったという逸話も、この岡谷工場をめぐるエピソードのひとつとして最後に付け加えておきたいと思います。

写真:合併当時の長野岡谷工場

◆稲盛和夫の生涯セラミック生体材料分野への進出京セラが1970年代に行った多角化のなかで、医療分野での挑戦が人工歯根と人工骨の開発でした。そのきっかけは1972年、大阪歯科大学の川原春幸教授から寄せられた「セラミックスで人工歯根をつくれない...
26/08/2026

◆稲盛和夫の生涯
セラミック生体材料分野への進出

京セラが1970年代に行った多角化のなかで、医療分野での挑戦が人工歯根と人工骨の開発でした。そのきっかけは1972年、大阪歯科大学の川原春幸教授から寄せられた「セラミックスで人工歯根をつくれないか」という相談でした。このひとことが京セラの技術を医療の世界へ導く第一歩となりました。

当時、金属製の人工歯根は人体に拒絶反応を起こすことが大きな課題でした。「セラミックスで人工歯根を」と言われた稲盛は「セラミックスは医療の分野で使えるかもしれない」と直感します。セラミックスは体内で溶け出したり化学反応を起こしたりしにくいという特性があり、それまでの経験値から拒絶反応を引き起こしにくいと考えらえたのです。

創業以来、セラミックスの新たな用途を切り拓いてきた稲盛にとって、自ら研究・開発してきた材料が患者の健康を支え、医療の進歩に貢献するのであれば、これほど意義深いことはありません。こうして京セラはセラミック製インプラントの開発に着手しました。

もちろん開発は決して平坦な道のりではありませんでした。
当初使用した多結晶アルミナでは強度が不足したため、単結晶サファイアへ切り替えます。加工は極めて困難でしたが、研究陣は新たな研磨技術を開発し、製品化に成功。1978年には厚生省の認可を受け、「バイオセラム」として販売を開始しました。

しかし、当時はインプラント手術に挑戦する歯科医が少なく、市場の反応は良くありませんでした。そこで大学病院や学会への技術提供、技術講習会を地道に続けます。こうした努力が実り、今では扱う歯科医もインプラントメーカーも増え、そのなかで京セラは確固たる地位を築いています。
さらに、人工骨や人工関節の開発にも取り組み、臨床試験を重ねて、厚生省の認可を受けることができました。

バイオセラム事業が軌道に乗り始めた1985年、ある問題が起こります。
整形外科医からの強い要望に「人助けになるなら」との思いから応じた結果、個別の認可前の販売となり、人工骨、人工膝関節が薬事法違反の疑いで大きな問題となったのです。
この事件は新聞、雑誌で大きく報じられ、世間から厳しい批判を受けました。稲盛は部下に「全て自分が責任をとる。動揺せずあるがままに正直に対応しなさい」と伝えました。そして、患者のためという思いはあったものの、会社として薬事法を踏み外した事実を真摯に受け止め、一カ月の操業停止処分に従いました。

稲盛自身はこの一件を「神が与えた試練」と受け止め、全社員に襟を正すよう呼びかけました。その後、心機一転、優れた新製品を開発し、バイオセラムの普及に努めました。その結果、セラミック人工骨、人工関節は、病気や事故で体の機能を失った多くの患者に、再び自由に動ける喜びを与えています。

写真:人工股関節、膝関節、補綴材、インプラント

◆4回目の命日を迎えて本日8月24日は、稲盛4回目の命日です。Facebookで稲盛のエピソードや言葉を紹介していると、その時々の出来事や表情、周囲とのやり取りが次々と思い出され、まるで今もどこかで見守ってくれているような気持ちになることが...
24/08/2026

◆4回目の命日を迎えて

本日8月24日は、稲盛4回目の命日です。

Facebookで稲盛のエピソードや言葉を紹介していると、その時々の出来事や表情、周囲とのやり取りが次々と思い出され、まるで今もどこかで見守ってくれているような気持ちになることがあります。

稲盛が残した教えや志は、多くの方々の心の中で今も生き続けています。私たちもその思いを大切に受け継ぎ、これからも一歩一歩あゆんでまいります。

改めまして、生前に賜りましたご厚情に深く感謝申し上げますとともに、今後とも変わらぬご支援、ご厚誼を賜りますよう、お願い申し上げます。

◆連載「稲盛和夫の口ぐせ」第4回「待たんか!」「待たんか!」――稲盛和夫との打合せでは、この言葉にしばしば遭遇します。まずは冒頭、すぐにでも説明を始めようとする担当者を「待たんか」と制し、稲盛は微動だにせず、目をつぶり、考え込みます。これは...
19/08/2026

◆連載「稲盛和夫の口ぐせ」第4回「待たんか!」

「待たんか!」――稲盛和夫との打合せでは、この言葉にしばしば遭遇します。

まずは冒頭、すぐにでも説明を始めようとする担当者を「待たんか」と制し、稲盛は微動だにせず、目をつぶり、考え込みます。これは、多忙なスケジュールの中で直前の案件を整理しているのです。つまり、前の案件を引きずりながら、次の案件に中途半端に臨むことを回避しているのです。頭の中で前件を着地させたなら、いよいよ打合せ開始です。

案件の説明が始まっても、腑に落ちないとき、稲盛はすぐに「待たんか」と制止し、背景や事実関係をただしていきます。曖昧な理解を良しとしないのです。

最も稲盛らしいのは、判断を下すときです。軽微な案件でも、しばし沈思黙考することがほとんどでした。自分の出した結論の正邪を、「動機善なりや、私心なかりしか」と心の奥底で静かに確かめていたのでしょう。この沈思黙考時の稲盛からは、言葉に発しない「待たんか!」が、まさに聞こえてくるようでした。

写真: 話の途中に上を向き考え込む稲盛(撮影:LiVE ONE/菅野勝男)

◆KDDIと盛和塾の起点となった日(1983年8月22日)1983年8月22日。この日は、のちに日本の産業と経営者社会に大きな影響をもたらす二つの出来事が生まれた、歴史的転換点ともいえる日でした。現在のKDDIと世界に広がる盛和塾(2019...
16/08/2026

◆KDDIと盛和塾の起点となった日(1983年8月22日)

1983年8月22日。この日は、のちに日本の産業と経営者社会に大きな影響をもたらす二つの出来事が生まれた、歴史的転換点ともいえる日でした。現在のKDDIと世界に広がる盛和塾(2019年閉塾)の礎がこの日に築かれたのです。

午後2時、京都商工会議所主催の委員会で議長を務めた人物は、「半導体技術の革命的な進歩が高度情報社会を実現し、必然的に通信の自由化をもたらす」と語りました。主催者側の一人として出席した稲盛は、のちに第二電電(DDI、現KDDI)設立のキーパーソンとなるこの人物と、運命的に出会います。
そして、当時電電公社(現NTT)独占下での高額な通信料金に対し、稲盛は「国民のためにより安価な通信サービスを提供したい」と決意し、情報通信社会の未来を拓く大きな挑戦へと踏み出しました。

同日午後6時には、少数の経営者有志が集まり「第1回稲盛塾(原文ママ)」が開催されました。これが、のちに世界中の若き経営者たちが集う「盛和塾」の起点となりました。
稲盛はその後多くの時間を割いて、自らの経営哲学や人生哲学を伝え、「人間として何が正しいのか」を判断基準とする生き方や経営のあり方を説きました。そして、「心を高める、経営を伸ばす」をモットーとして掲げ、中小企業経営者の育成に心血を注ぎました。

この日に始まった二つの出来事は、やがて日本社会に計り知れない影響を与えます。
第二電電はNTTの対抗軸として通信の民主化と発展に貢献し、誰もが気軽に利用できるデジタル社会の基盤を築きました。一方、盛和塾は経営者育成を通じて中小企業を活性化させ、その精神は世界中の経営者に影響を与え、多くの企業や経営者に受け継がれていきました。

40年以上前の8月22日に蒔かれた二つの種。それは、「よりよい社会をつくりたい」「人を育て、世の中に貢献したい」という思いからでした。
振り返れば、この二つの歩みの根底には、常に「世のため、人のために尽くす」という稲盛の一貫した願いがあったのではないでしょうか。

写真
1枚目:KDDI発足式 2000年10月2日
2枚目:参加者5,000人の盛和塾 第23回世界大会(2015年9月16日)

住所

伏見区竹田鳥羽殿町9番地
Kyoto-shi, Kyoto
6128450

営業時間

月曜日 10:00 - 17:00
火曜日 10:00 - 17:00
水曜日 10:00 - 17:00
木曜日 10:00 - 17:00
金曜日 10:00 - 17:00

アラート

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