25/10/2025
イギリスでも法律上は「軍隊の保持」が禁止されている?!
https://shueisha.online/articles/-/251219
まさか、わたしの著書が紹介されているとは。
ただ、私が言っているのは、より正確には、イギリスでは、「法律上」ではなく、「憲法上」、軍隊の「保持」だけでなく「徴集」も「原則として」禁止されているということです。つまり、憲法が軍隊の徴集・保持を原則禁止して、法律が、例外的に有効期間を限定した上で、軍隊の徴集・保持を合法化しているという意味です。
ここで、「憲法」とは、多元的なイギリス憲法の法源の1つ、1689年「権利の章典」第6条を指します。
“That the raising or keeping a standing Army within the Kingdome in time of Peace unlesse it be with Consent of Parlyament is against Law.”
https://www.legislation.gov.uk/aep/WillandMarSess2/1/2/introduction
「王国内において平時に常備軍を徴集又は保持することは、議会の同意のない限り、違法である。」
権利の章典は、上記の連合王国議会のオンライン法令集にan Act declareing the Rights and Liberties of the Subject and Setleing the Succession of the Crowne(臣民の権利と自由を宣言し王位継承順位を定める法律)という正式名称があり、議会立法の形式を採用しています。
但し、次のような事情から、この「立法」は「憲法」と言って過言ではない地位を獲得しているといえます。まず、採択した議会は、正式な手続を経て国王が召集した議会ではなく、名誉革命において「超法規的」に前議会の議員たちが集まった議会Convention Patliamentでした。
次に、歴史的に権利の章典6条の「常備軍」が拡大解釈されて、陸軍Armyだけでなく、海軍も空軍も同様に、12ヶ月毎に、議会両院の賛成投票を得た勅令によりその根拠立法の効力が更新されて来ました。根拠立法も5年おきに議会の正式の立法手続を経て制定され直して来ました。例えば、現時点では、2021年のArmed Forces Act(軍隊法)が、そういう勅令によってその効力をこれまでに4回延長されています。2021年軍隊法の内容は2006年軍隊法で一新されたものです。それまでは、1955年の陸軍法と空軍法(Army ActとAir Force Act)及び1957年の海軍統制法(Naval Discipline Act)の内容を持つ3組の法律を5年おきに立法し直し、毎年、その効力を、議会両院の賛成投票を得た勅令によって12ヶ月毎に延長して来ました。このような「立法慣行」は、法形式に拘らず、議会が従う「上位法」(憲法)の存在を物語るもので、権利章典6条の周りに、慣習上の憲法規範が生成されていると捉えられます。
では、なぜ、イギリスでは常備軍の徴集と保持がなぜ原則憲法違反なのでしょうか?
それには、それなりの歴史があります。
1. 常備軍は絶対王政の道具であり、臣民の自由の敵でした。今のアメリカ合衆国の「裸の王様」トランプ大統領が、民主党の勢力の強い州の州兵を使って、国益ではなく、党派的な利益というか、「いじめっ子」としての欲求を満足させるために、圧力をかけているのと同じです。
2. 常備軍というものは制御が効かず暴走する宿命を負っています。常備軍に「就職」する人にとっては、戦争が稼ぎを、平和が失業を、それぞれ意味しますから、当然です。実は、イギリスでは国王の常備軍に対抗して議会も常備軍を徴集・保持し、チャールズ1世の時の内戦で国王の常備軍を撃ち破りました。しかし、議会の常備軍も、やはり暴走したのです。常備軍は、産みの親の議会を解散させ、国王をも殺害し、どこまでも際限なく戦い続け、「万人の万人に対する闘争」となりました。そして常備軍の司令官自身が王政復古によってイギリスに法と秩序を回復する道を選ぶに至りました。この議会常備軍の暴走という苦い経験から、常備軍の根拠立法を効力12ヶ月の時限立法にする立法技術が編み出されました。
3. イギリスは、名誉革命において、結果的に外国(オランダ)君主を自国の君主として迎える羽目になったので、イギリスの臣民が、オランダの第三国(フランス)との戦争に自動的に巻き込まれる危険が出て来ました。そのため、イギリス議会としては、国王による常備軍の徴集と保持について同意権を確保して、外国出身君主による、イギリスの国益とは相反する権力の濫用を、抑止する必要がありました。
上記のイギリスの議会による常備軍の統制(これは実態の上で上位法による議会立法の統制を意味する)は、議会議員には職業軍人はいないので、軍の文民統制を憲法構造の上で確保する意味を持ちます。
以上のことはイギリスという日本とは異なる外国の事例であることは、いうまでもありません。だからといって、日本には全く縁もゆかりもない話なのでしょうか?
例えば、「軍隊は暴走する」と言われれば、日本の昭和前期の苦い経験は、そういうものだったように思えませんか?
だからと言って、軍隊を無くして済むものでしょうか?
無くして済むものではないからこそ、自衛隊があるのではありませんか?
それが現実だと思います。
それに、終戦のあり方からしても、米英連合軍が日本本土に進駐し、サンフランシスコ平和条約の発効に伴い、その進駐が解除された後も、日米安全保障条約の下で米軍が日本に駐留することが、今や常態化しています。そのため、日本政府の意思ではなく、外国の意思で、日本の自衛隊が動員される危険性というものも、ないとは言えません。この危険性は、名誉革命でオランダ君主を自国の君主に迎えたイギリスにとっての、イギリス臣民を外国同士の戦争(オランダとフランスの戦争)に動員してしまう危険とよく似ていませんか?
こういうと、日本も、イギリスのように憲法で軍隊の保持を禁止して、法律(自衛隊法)で例外的な軍隊(自衛隊)を保持しているではないかという人がいるかも知れません。しかし、問題は、憲法9条2項の禁止規定にはイギリス権利章典6条のような限定がなく、国会立法があれば、「陸海空軍その他の戦力」を「保持」しても良いと言えるだけの「例外」を設けられる余地がないことなのです。
こういうと、日本国民の中には、「(憲法9条1)項の目的を達成する」手段として2項があり、だから「国際紛争の解決」ではなく、自衛の「手段」としての「武力による威嚇または武力の行使」は「放棄」していないから、その「目的を達成するために」自衛隊を保持できるという解釈をする人が少なくありません。しかし、そういう人は、それが、歴代の政府解釈ではないことには無頓着です。政府解釈は、あくまでも、自衛隊が憲法が禁じる「戦力」に当たらないというもので、9条2項の目的規定には重きをおいていません。そして、政府解釈は、1947年当時の米陸軍省による軍隊と警察の峻別基準、すなわち「155ミリ榴弾砲」の保持・不保持に依拠した警察予備隊の設立時の正当化をそのまま惰性的に踏襲しているのに過ぎません。
「155ミリ榴弾砲」は、口径からすれば、戦艦大和の副砲と同じです。しかも、2022年2月に始まったロシア軍のウクライナ侵攻に際して、アメリカが155ミリ榴弾砲を「越境攻撃が可能な攻撃用兵器」に分類して、しばらくの間、ウクライナへの供与を断固として拒否したように、現代的な意義を失ってはいません。携行式対戦車ミサイル、ジャヴェリンなどなら、「民兵」の武装と言えるので、国軍とは区別できるが、155ミリ榴弾砲は、もはや国軍の武装であるという論法です。実は、自衛隊は発足当初から155ミリ榴弾砲を通常装備しています。つまり正真正銘の軍隊です。
従って、日本政府による自衛隊の装備の憲法9条適合性の解釈は、国際的には通じない、純粋に国内向けの欺瞞に過ぎません。日本の憲法解釈の最高で最終の権威である最高裁判所も、北海道長沼における自衛隊の地対空ミサイル基地建設をめぐる訴訟において、札幌高裁の合憲判断に賛成しなった(憲法判断を回避して農林大臣による保安林指定の解除をめぐる森林法の規定の解釈問題として解決した)という意味において、日本政府解釈を決して是とはしていないのです。
なぜ、「国民主権」の国で、国民が、間違った政府解釈に対して、「思いやり」で我流の合憲解釈を展開して、統治機関の誤謬を大目に見ようとするのでしょうか?
イギリスの権利章典6条にならえば、憲法9条2項の前段は、例えば「陸海空軍その他の戦力は、国会の同意がない限り、これを保持しない。」と改正し、後段は削除するという改正によって、自衛隊その他の名称にはこだわらずに、現代の日本を取り巻く厳しい国際環境に対応するのに必要な軍備を合法的に整えることができます。
逆に、憲法9条の2項全体を削除して代わりにそこに自衛隊などを「明記」すると、憲法の章立ての上で国民の権利義務の前に「軍」を置き、国会、内閣、裁判所よりも軍を優先させることになります。それでは、明治憲法よりも、昭和前期の憲法的実践の方に近くなります。
「自衛隊を憲法に明記せよ」とは、戦後のドイツ憲法(Grund Gesetz)の請け売りに過ぎません。しかも、当のドイツ基本法は、上記のようなトンデモナイ章立てにはなっていません。
むしろ日本国憲法の章立ては、天皇を頂く大日本帝国憲法の章立てを継承しており、共和制で連邦制のドイツ基本法とは根本的な構造を異にしています。昭和の憲法改正の結果、日本国憲法は、帝国憲法に比べて、国会の強いイギリス憲法に近くなりました。この点、イギリス権利章典6条は、臣民の権利と自由を宣言するという趣旨において、国王の常備軍の徴集・保持に対する議会の同意権を明記した規定なので、それと同趣旨の規定を日本国憲法の第1章天皇と第3章国民の間におくことは、共和制・連邦制のドイツの例にならうよりも、はるかに国情に即した「穏健」な改正と言えるでしょう。
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