29/08/2026
貴族のステータス!昔は超高級品だった畳】
現代の日本の家では当たり前のように床一面に敷き詰められている畳。
でも、1000 年以上の歴史を誇る畳が、平安時代には一握りの超 VIP しか使えない「究極のステータスシンボル」だったことをご存じですか?
今回は、平安貴族たちに愛された畳の知られざる歴史と、豪華絢爛な身分ルールの世界をご紹介します💡。
① 板敷きの部屋にポツンと置くクッションだった 平安時代の貴族たちの邸宅は、風通しの良い板張り仕上げの寝殿造でした。
当時は部屋全体に畳を敷き詰めるのではなく、貴人が座る場所や、寝床として使う場所にだけ数枚の畳を置いていました。
今でいう「置き畳」や「座布団」「ベッド」のような感覚で使われていたのです。
② 法律で厚さやサイズを厳格に指定! 平安時代の法令集である「延喜式(えんぎしき)」には、身分や階級によって使用していい畳の厚さ、大きさ、そして周囲を飾る畳縁(たたみべり)のデザインが細かく定められていました。
身分の高い人ほど、より広く、そしてふっくらと厚みのある豪華な畳に座ることが許されていました。
畳の厚みそのものが、権力の大きさを表していたのです。
③ ヘリの柄を見れば身分が一目でわかった 特に畳の縁(へり)の柄は、厳しい身分証明の役割を果たしていました。
・繧繝縁(うんげんべり):赤や青、黄などの色糸で美しい波状の文様を織り出したもので、天皇や神仏だけが使用できる最高位の縁。
・高麗縁(こうらいべり):白地に黒の文様が特徴で、親王や摂関、大臣などの上流貴族だけが使用できる高級な縁。
このように、畳のヘリは単なる補強ではなく、そこにあるだけでその人の地位を周囲に示すサインになっていました。
あの「源氏物語絵巻」でも、登場人物の身分に合わせて、畳のヘリの柄が忠実に描き分けられているんですよ。
今の私たちからすると、畳の柄や厚さが法律で決められていたなんて驚きですよね! それほどまでに、当時の畳は贅を尽くした憧れの高級インテリアであり、日本人の「おもてなし」と「礼節」の心を育む大切なツールでした。
京都御所の清涼殿などには、この平安時代の伝統的な畳の配置や繧繝縁の仕様が今も色濃く残されています。
神社仏閣や歴史的な建造物、あるいは絵巻物を目にする機会があったら、ぜひ畳の厚みや縁の柄にも注目してみてください。
当時の歴史ドラマがより深く見えてくるはずです 。