02/09/2024
今朝Facebookを開いてみると成岡茂さんという方が隈研吾が設計・デザインした那珂川町の馬頭広重美術館の大規模改修に向けて那珂川町がふるさと納税で資金集めを始めるとの事について隈研吾を痛烈に批判している投稿を見た。
この美術館は2000年に開館したそうだが、八溝スギという地元産材を用いているが材の腐植が深刻化。ルーバー等がガタガタになってしまったとの事。僅か24年で腐朽してしまうような材の使い方、建築環境は異常であろう。
田舎の市町村は観光で人集めをするために有名建築家のデザインに媚びる傾向が強く、安藤忠雄の後を継いだ隈研吾がSDGsやカーボンニュートラルなどの言葉遊びだけで皮相なデザインだけの建物があちこちに造られるようになった。デザイン感覚だけは鋭く、形としてはユニークだが、木材という生物素材の材料特性を全く知らない建築家がほとんどで、厄介なことに、彼等に依頼する市町村も有名建築家の名前に溺れているだけであろう。
昔、琵琶湖の湖岸に佐川急便が佐川美術館を安藤忠雄に依頼して建てた際、13間(23.4m)の細い横桟を依頼されたという建具屋が悩んで相談に訪ねてきたことがある。この例でも分かるように、ほとんどの建築デザイナーは“始めにデザインありき”である。
我国の文化は世界に類まれな木の文化が作られ、14世紀以上にわたって木に対する知恵が蓄積されてきたにもかかわらず関連業界である材木屋も含め現代では全く生かされなくなってしまった。デザインという言葉の語源はドイツ語のザイン(存在)である。ただ単に皮相な自己存在を主張するだけに使うのではなく、統一的、根源的な文化の本質を基盤としたデザインを構築するために用いる材料の特性を究め、掘り下げてもらいたいものである。そうすることによって、感性に基づいた素晴らしいデザインが生まれるであろう。