桂花庵

桂花庵

共有する

桂花庵は「書」を通じて自分自身と向き合い「こころの一息」をする場所?

一般の書道教室のように、「級」や「段」を取得することを目指すのではありません。
「書」を通じて、
☆自分の手書き文字に自信が持てるように…
☆自分の内面と対峙する時間となるように…
☆古典に触れたり、歴史に触れることで教養として身につくように…
☆忙しい毎日のひと時の集中できる時間となるように…
など、それぞれの時間の使い方をしていただければと考えます。

Photos from 桂花庵's post 05/01/2018

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりに届きますように

あけましておめでとうございます✨
今年のえとはいぬ。十干の「戊」と十二支の「戌」の組み合わせで60回に1度巡ってくる「戊戌」ボジュツの年。つちのえのいぬ。
えととは、万物組成の元素である五行(木火土金水)をそれぞれ兄(え)と弟(と)に分け、木の兄(甲) 木の弟(乙) 火の兄(丙)
火の弟(丁)……。とする十干と十二支を加えて、きのえ子、きのと丑などと60組の組み合わせになります。
還暦を迎える方は生まれた年と同じ巡り合わせということですね。

「戊」は「茂」を語源として草木が茂ることを意味し、
「戌」は「滅ぶ」「切る」の意味を持ち、万物が滅び行く状態を指すとのこと。
「戊戌」は「古いものを終わらせ、新しいものを育てる」ことを意味するという。陽の気が下がって地に入る九の月をも現します。
新年は静かにわくわくする年となりそうですね。

昨年の文字が「北」と発表された時に、しっくり来なかった方も多かったのではないでしょうか…。
中学生棋士の新記録。桐生選手の9秒台。真央ちゃん引退もニューフェースの登場。ボーリングの両手投げ。働き方改革。スモウ界……等々。
新しい価値観にシフトして行こうとウェーブが起きつつありませんか?
もちろん変わって良いもの、
変わらない普遍的なもの、があります。
選び取るのは自身ですから、しっかり考え感じ、五感を磨かなければなりません。

毎年
近所の小さな神社とお寺に愛犬と散歩がてら初詣します。
今年は縁あって、弓弦羽神社にも詣でました。老若男女。他府県ナンバーの車。犬連れの参拝者。犬用の水飲み場。羽生結弦選手のオリンピック出場と金メダルを願う絵馬…。
微笑ましいニュースの証人となりました。

年賀状には
「一陽来復」という言葉を用いました。
広辞苑によると、
①陰がきわまって陽がかえってくること。
陰暦11月又は冬至の称。
②冬が去り春が来ること。
③悪いことばかりあったのがようやく回復して善い方に向いてくること。
と、ありました。

誰もが幸せを願います。
辛いことは嫌ですものね。

戊戌の年に一陽来復を。
良き年となりますように。
ガンバりましょう✌

Photos from 桂花庵's post 27/11/2017

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

寒くなりましたね。
今年は初冠雪の便りが各地から早々に届けられています。
衣替えを済ませるまでにあれこれ引っ張り出して着込むという方も多かったのではないでしょうか…。
春夏秋冬の巡りが「暑い」と「寒い」に支配されてしまいそうで
「何だかなぁ…」ですね(笑)
心地良いと思える風と陽射しと香りの中に居たいのにね…。

「紅葉狩り」という言葉があります。
春の桜は「お花見」と表現します。
お花見と言えば「桜」です。
秋の「もみじ」は狩る?
幼少の頃、桜の枝は折ってはいけないけれど紅葉は折って持ち帰って良いのかな…などと思っていました。
言葉の由来は、
「狩る」とは平安時代の貴族はもう狩猟をしないで紅葉を手に取って愛でたことからとされています。
子供心はそう遠からずでしょうか…。
イチョウ、モミジ、ドウダンツツジ、シラカバ、タラノキ、スズカケノキ…。
クサモミジの可愛いこと。
今年の紅葉🍁に出会いましたか?

さて
大正8年に発表された「蜜柑」という短編小説をご存じですか?
今風に言うと男性が遭遇した電車の中での一コマを描いたエッセイでしょうか。
時代背景、言葉使い、文体、素晴らしい表現力にて深い洞察を誘います。

二等客車の座席に出発を待つ、日々の疲労と倦怠でどんよりとした心持ちの男性が、間際に三等切符を握りしめ乗り込んで来た、もっさりとした田舎娘の行動を観察した物語です。
十三、四の少女は頬っぺが赤く手は霜焼けで着ている物は粗末でだらしない。不潔で嫌いだとの印象を持つ。
その上、汽車が今からトンネルに入ろうとしているのに窓を開けようと小さな身体が悪戦苦闘している。
何で今、開けようとしているのだ?
煤だらけになるではないか…
見てくれが嫌な奴が嫌な事をしようとしている場面ですが大正情緒たっぷりに描かれています。
彼は益々憂鬱になってゆく。
気をまぎらわそうと夕刊に目を落とすが毎日、代わり映えのしないどうでも良い記事ばかり。
全てが不可解な下等な退屈な人生の象徴として彼の心の中を支配する。
トンネルを抜けたところで
3人の小さな男の子が手を振っている。
汽車の中の田舎娘は身を乗り出し手を振り返す。
小さな弟たちの元に「みかん」が降る。

これから奉公に出ようとする少女の為に親が持たせた「おやつ」であろう。
男の感性が変化した。
「私はこの時始めて、云ひやうのない疲労と倦怠とを、さうして又不可解な、下
等な、退屈な人生を僅に忘れる事が出来たのである。」と。
朗らかな心持ちが沸き上がり、男の心が動いた。
只の卑屈な退屈野郎ではなかったのです。
彼の名は、芥川龍之介。

現代にも通じる優しい気持ちになれる大人の物語です。
紅葉🍁の情緒とご一緒に。
      
      ではまた ごきげんよう

Photos from 桂花庵's post 03/10/2017

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

明日10月4日は、旧暦で読むと葉月(八月)十五日。十五夜。仲秋の名月です。
旧暦の行事として現在に残っているもののひとつです。
今年の「秋」は、
旧暦七月一日~九月二十九日
新暦では8月22日~11月17日。

季節3ヶ月の初月は孟月(もうげつ)、
中は仲月(ちゅうげつ)最後は季月(きげつ)
と呼びます。それぞれに春夏秋冬の四季節を加えて表現すると、例えば孟春は一月、仲春は二月、季春は三月ということになります。
仲秋は八月を指しますが、八月十五日の意もあります。
昔の人々の楽しみはさほど多くなく、お花見🌸とお月見🎑は最高のイベントだったと想像できます。
前日から心待ちにしていた様子が「宵待月」という言葉からも伝わって来ます。
満月のことを望月とも言いますが「望」という漢字は月を未だか未だかと、背伸びして見ようとしている姿を形どったものだそうです。
「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」
と詠われた月。
そのまんまるい形から鏡に例えられ
「真澄鏡」という美しい日本語もあります。
自分の姿形を写すものではなく、心を映すと。
古の日本人の感性ですね。
是非しばし夜空を見上げ、月の美しさを感じ、心を映してみてください。

では
童心にかえって…3編の詩を。

ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ

ぞうさん
ぞうさん
だあれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ

ぞうの子は鼻が長いと悪口を言われた時にしょげたり腹を立てたりする代わりに
一番好きなかあさんも長いのよ、と誇りを持って答えた。
と、解釈していた大人が、作者である
まどみちおさんの人柄に触れ
「目の色が違っても、髪の色が違っても、皆な仲良くしよう」ではなく
「目の色が違うから、肌の色が違うからすばらしい。違うから仲良くしよう」と腹の底から分かるまでに随分時間を要したと書いています。

リンゴを ひとつ
ここに おくと

リンゴの
この 大きさは
この リンゴだけで
いっぱいだ

リンゴが ひとつ
ここに ある
ほかには
なんにも ない

ああ ここで
あることと
ないことが
まぶしいように
ぴったりだ

まどさんの「リンゴ」の詩が好き、という人が多い。という。
あることとないことがぴったりだ 
という彼の哲学は、物理的なリンゴひとつと、そうであって欲しいと願う人々がぴったりする。

しろやぎさんから おてがみ ついた
くろやぎさんたら よまずに たべた
しかたがないので おてがみ かいた
 さっきの てがみの
 ごようじ なあに

くろやぎさんから おてがみ ついた
しろやぎさんたら よまずに たべた 
しかたがないので おてがみ かいた
 さっきの てがみの
 ごようじ なあに

ある漫才で
「読まずに食べたのに、何でしろやぎさんからの手紙と分かったんや」
と、客を笑わせたそうです。
大勢の人に好かれ知られているからこそですね。
このシンプルな「無限のくりかえし」は実は13年の年月を経て完成したそうです。
秋の夜長に、
人の心に響くシンプルでストレートな哲学に深い感慨を覚えました。
心根の優しい素直な子供達と一緒に
是非、歌い継がれますように。
       ではまたごきげんよう。

Photos from 桂花庵's post 28/08/2017

こんにちは
桂花庵です。
必要とするひとりの人に届きますように

8月も残すところわずか、この暑さから早く解放されたいものですが、未だ未だ残夏。
葉月・はづき(陰暦の異称)

天候にまつわる夏の季節の言葉に
「驟雨」がありますが何と読むかご存知ですか?
スマートフォンで変換を試みるも一度では出て来ず、音読み漢字群の中から探しました。
「しゅうう」と読みます。
「驟」は「疾也」=はやい、にわか、という意味を持ちます。
にわか雨のことですね。
「老子」の中に「希言(人間には聞こえない言葉)は自然なり。故に飄風(つむじ風)は朝を終へず、驟雨は日を終へず」という自然の無為を説いた言葉があります。
勢いのあるものは久しく続かない。というたとえです。
昨今では「夕立」も時を覚えず「集中豪雨」ですから、なかなか季節を感じる間も無いですね。

先日
楽しい記事が目にとまりました。
青いキリンを見せてくれたら大金を払う、と聞いたらどうするか?
イギリス人は、そんなキリンがいるかどうかの議論から始め、
アメリカ人は、世界へ軍を送って探す。
日本人は、寝る間も惜しんで品種改良を重ね、とうとう夢のキリンを作ってしまった。
というお国柄の違いを現す笑い話です。
3年程前に見たテレビ番組では、
日本人には、みんなしていますよ。
ドイツ人には、規則ですから。
アメリカ人には、ヒーローになれます。
明日の新聞の一面を飾りますよ。
と言えば海にも飛び込んでしまうという趣旨の笑い話をしていました。
なるほどそうだと笑ってうなずいているのではないでしょうか…。
笑ってすませれるような事なら良いのですが、誰にも相談出来ないような問題にあたった時はどうぞ流されません様に。

今月は
「照顧脚下」という禅の言葉にスポットを当ててみました。
読みは「しょうこきゃっか」
日々の暮らしの足下をこそ照らし顧みるべきだという戒めの言葉です。
「看脚下」も同義語です。
前向きにポジティブな生き方が良いとされている昨今ですが、人間というものの本質と長い人生、そればかりでは息切れしてしまいます。
追い立てられるような忙しい毎日を過ごしてちょっと疲れてしまう人が多い現代社会。
先を見据えて高い目標を掲げて、
ずっと前にだけ良いことがある…?
「どうして良いかわからない」
「なんとなく不安」
きっと誰にもあることと思います。
慌てず騒がず、自分の足元(本来の内なる自分)を信じて。
日常の全てが修行だとすれば、
「先ずは玄関で靴を揃えましょう…。」
は、
当たり前の一歩でしょうか。
      
      では、ごきげんよう。

Photos from 桂花庵's post 26/07/2017

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

ご無沙汰しています。
早や文月・ふみづき。(陰暦7月の異称)
また、暑い夏が廻って来ましたね。皆さん体調はいかがですか?
我が家の犬と猫は風の通り道でお昼寝。
クーラーがつくと移動。タフです。

夏にちなんだ漢字をひとつ。
「羅」何と読むかご存知ですか?
音は「ラ」ですね。
意味としては「きぬ。うすぎぬ。ちぢみ」
「うすもの」と読みます。
夏の着物の種類にある「絽」「紗」と同じく絹布です。
「細布にてめの細かき布、越後縮のたぐひ」
「すべて薄布の絹布をいふと心得べし」
と。
夏の季節の言葉として紹介されます。
薄く透けて見える盛夏の着物は見ている者にも涼しく感じられます。
今日では和服のみならずジョーゼットの洋服も「羅」の仲間入りですね。
女性の衣服に対して用いられる美しい日本語です。

さて先日
夏の健康管理におすすめ記事を見つけました。
「毛細血管」を増やして免疫力を上げるというものです。
「毛細血管」は病原菌などの外敵から体を守ってくれる免疫の闘いの場であり病気になるならないの最前線だと。
また、ホルモンを運び体に必要な情報を伝達したり自律神経と連動して体温を一定に保つ働きをするとの事。
具体策としては、
7時間睡眠。歯みがきは寝る30分前までに。朝日を浴びること。ふくらはぎを鍛える運動とウォーキング。
マインドフルネスで呼吸を整えストレスフリー入浴で自律神経を整える。
食事はカラフル食材で抗酸化。低GI食品をよく噛み老化予防。
と、推奨されていました。
王道は無いですね。
ひとつづつ実践を。

最後に
「挨拶」という言葉が禅語のひとつだとご存知ですか?
文字本来の意味は「そばに身をすり寄せて押しあうこと」
禅問答の時に師匠(師家)と修行者(雲水)とがやり取りする事をいうのだそうです。
「挨」には積極的に迫っていくこと
「拶」には切り込んでいくこと
という意味があり、どちらにも「せまる」「おす」という意味があります。
何だか普段、あまり挨拶を大切にせずにいませんか?
人間関係をスムーズに、自分が前に進むために、また或いは人生を切り開いていくために、しいては誰かに教えを乞うために…
尊い出逢いを導くものとするために心がけて生きたいものですね。
先日、ツバメの巣を見つけ子育ての様子を垣間見ました。旅立つ時に挨拶をして行くと言いますよ。
見習いたいものですね。
ご機嫌よう。

Photos from 桂花庵's post 20/01/2017

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

暖かいお正月から一転、凍てつく厳しい寒さが続いています。
早朝の花壇に、緑の草の上に白い雪帽子が被さっているのが見られます。
車にお湯をかけワイパーを動かし、凍てついたガラスを溶かしてからの出発風景をあちらこちらで見かけました。
頭に雪を積んでいる車は何処から来たのでしょうか…。
太陽黄径300度。
今日、1月20日は大寒。
最も寒さが厳しい時期です。
毎年、1月26日から2月4日の間が数字的に一番低い温度を記録しているとの事です。
ご用心を‼

冷え込みがことさらに厳しい朝、又は夜
氷が張りつめるような、きしむような、シーンとして音なきはずのキーンとしたそんな音を
「氷の声」と表現します。
ステキな日本語ですね。
「霜の声」「雪の声」とも。
音なき音を聞き、声なき声を感じて、大自然への畏敬の念を持つ先の日本人の繊細さを感じます。

太郎をねむらせ太郎の屋根に雪ふりつむ
二郎をねむらせ二郎の屋根に雪ふりつむ

三好達治の「雪」という詩があります。
深くて、冷たくて、恐いような、人の手に負えない大きな力の元、太郎も二郎もその暖かい生命を眠らせています。
この詩を巡って、
一種のポーズがありそこに入り込めない、その言葉の操り方が不満。
と、好まないという意見。
たった2行からその情景が瞼に浮かび、読む人のイマージネーションを広げ、人間の生活の営みに見入る作者の眼に好意を持つ。
という2つに分かれるようです。
私は、こんなに短い言葉で詩として表現する力強さに驚き、魅かれました。興味深く何度も読み返しました。
神戸に育った私は雪国の深い大きな自然を知りませんが、冷たい雪と、眠らせての言葉からの太郎二郎の暖かい寝息を想像して作者の暖かさを感じました。
貴方の雪の思い出は何ですか?

桂花庵では書くことを通して、自分と秘かに対峙する時間を共に持ちたいと考えています。

Photos from 桂花庵's post 05/01/2017

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

明けましておめでとうございます✨
新しい年の幕開けです。
同じ一日なのに気忙しい師走、
同じ朝日なのに初日の出。
でも、清々しさは格別ですね(笑)

2017・1・5は二十四節気のひとつ小寒。
いよいよ本格的な寒さがやって来ます。
「寒の入り」です。
寒波、降雪、厳しい寒さに耐えれるよう防寒術が必要ですね。
この日から寒中見舞を出し始めます。
太陽黄径285度。
「冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故、ますます冷ゆるなり」
           暦便覧より

1月7日は七草粥を食しますが、この春の七草を摘んでくることを「若菜摘み」と表現します。ステキな日本語ですね。
芹、薺、御形、はこべ、仏の座、菘、すずしろ。の七つ。
新春に萌え出た若い芽を食べることで、新しい生命力を身をつけ、無病長寿を願ったといいます。
現代の私達の食生活では、お正月のご馳走後の、胃を休めるための薬膳のように
意味合いは違ってきていますが、受け継がれていますね。
もうひとつ、
寒の時期の水は、薬になるといわれます。餅をつくにも、お酒を造るにも、薬を飲むのにも、特別な効き目があるとされています。
特に、寒の入りから九日目は、「寒九」と呼ばれ、効果が増すと云われます。
この日に降る雨は「寒九の雨」といい、
豊作の兆しとされます。
冷たさなのか、冷たさゆえの痛さだったりなのか、力が宿ると信じられたのでしょう。「寒九の水」と呼びます。

お正月にアニメ映画を観る機会がありました。
登場人物は全て動物(笑)
主人公はウサギの女の子。ウサギは地方の農場で人参作りをして暮らすのが幸せという価値観の元、育てられたのですが、警察官になるという目標を持ちます。知恵と根性で諦めず努力し、主席で警察学校を卒業します。
拝命を受け夢を抱き都会へ。
でも、事件に関わらせてもらえず、毎日毎日、駐車違反の取り締まりしかさせてもらえません。
ライオンやゴリラには活躍する場を与えられるのに…です。
草食動物と肉食動物の共生がひとつのテーマです。
キツネはずる賢くて詐欺師というレッテルもあったり…。
とても上手に人間社会を揶揄しています。大きな壁にぶつかりながらも諦めないで情熱を持って信じる道を進む。次代を担う子供たちに是非みてほしいと思いました。
宮沢賢治の童話にキツネと人間の子どものやりとりの物語があります。
これも、偏見や思い込みがキツネを悲しくさせていて、キツネ達の作ったお団子を人間の子どもが食べてくれたと涙を流すシーンがあるのですが、
賢治らしい雪国の描き方や擬態語の響きと共に、親の声で読んであげてほしいと思います。
子どもの心にお届けものをしてあげてください。

時代や国を越えて、人の根っこにあるものは同じなんだなぁと感じることができました。
桂花庵では、文字を媒体に交流出来たら良いと考えています。

Photos from 桂花庵's post 21/12/2016

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

今日、12月21日は二十四節気のひとつ冬至です。
柚子湯に入りましたか?
柚子湯はひびやあかぎれを治し血行を良くして風邪の予防になります。
とても良い香りが疲れをとってくれますし、この風習は理にかなっていますね。
太陽の高さが最も低く昼の時間が一年で一番短い日です。
いよいよ歳の暮れ、お正月準備(その前にクリスマスもありますし…)に、気忙しい毎日ですね。
太陽黄径270度。

一年の終わりに今年を振り返って反省ではなく「復習」をしてみませんか?
とてもやりがいを感じたことや嬉しかったこと。又、逆に上手くいかずに苦しかったことや悔しかったこと。色々あったことでしょう…。
ちょっと思い出してみてください。
でも、また怒ったり落ち込んだりする必要はありませんよ。
振り返ってみてその経験の意義や価値に気付くことはありませんか?
人間性や心を鍛え成長に繋がることでしょう。
そして、もちろんプラスに評価するのです(笑)肯定的に評価することによって経験の価値が高まります。
私達は毎年、経験値を増やしています。
頑張ったことがすぐには結果に表れなかったとしても必ず血や肉となっています。自信を持ちましょう。
自分が課題とすべきことを認識することが大切です。
次の一年への大きな目標と具体的な日々の目標を立て、達成に向けての努力と前進を始めましょう。
いくつになっても成長に終りも限界もありません。
「始めはすべての半分」という古いギリシャの言葉があります。
始める時が一番大変で、始めてしまえばもう半分は終わったようなもの。という意味です。
そして、「すぐに少し始める。」習慣が身に付けば気持ちが軽くなることでしょう。
心に留めてくださいね。

傾聴ボランティアをしている女性を知っています。
学びの時間、ボランティアの時間が始めからあった訳じゃなく、日々の生活の中から時間を捻出しています。
ホームに暮らす老人は只、話しを聞いて貰うだけで落ち着き、ほっとし、満ち足りて良く眠れるそうです。
根気のいることだなぁ偉いなぁと思い、そしてまた人間の不思議を思いました。

桂花庵では
ちょっと立ち止まって一歩が踏み出せない時、元気を回復するための時間を一緒に持てたら良いなと考えています。

お風邪など召されませぬように🍀

Photos from 桂花庵's post 07/12/2016

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

ぽかぽか温かいかと思えば、どんより広がる雲の下、冷え込む今日です。
今日12月7日は、二十四節気のひとつ大雪。
もう雪が降り積もっている地方もあることでしょう。
日に日に寒さが増します。
山では熊を始め動物たちが冬眠をする頃です。
そして、海で育った鮭が生まれた川に戻ってくる頃でもあります。産卵のため群れをなして上流を目指し、
命を終える…。
自然の摂理と言ってしまえばそれまでですが、壮絶な一生です。
太陽黄径255度。

待つ人のいまも来たらばいかがせむ
   踏ままく惜しき庭の雪かな
         ー和泉式部

冬の季語「木守柿」という言葉をご存知ですか?
葉も落ちた柿の木にひとつ残した実のことです。鳥たちに成果のおすそ分けをする人間の優しさであり、来年もよく実りますようにという意味も含まれているそうです。ひとつと言わず10個ほど残してあげて。
目に染まる朱赤色に色づいた柿の実、やがて白い雪帽子をかぶります。
さて、
西洋ではワイン作りの過程で葡萄を木樽に入れ醸造する際に減る分量を「天使の分け前」と表現します。
いづれも全部取りはしない。出来ないことを指しますが、ステキな表現ですね。
私は、近所のおばあちゃんから自家製の大根とお取り寄せの今年は台風で傷ついたけれど甘いりんごのおすそ分けを頂きました。

先日、
AI(人工知能)「東ロボくん」東京大学受験断念。との新聞記事を見つけました。
物理、数学の成績は伸びるものの、国語と英語の成績がよく無いとのこと。とりわけ読解力に難ありとか。
近い将来、人間の仕事がAIに奪われる等のニュースがあったりしてどうなることかと憂いた方も多かったのではないでしょうか…。
奥深い言葉の世界はコンピューターには分かるまい。
と、いうことでしょうか…。
ちょっとほっとしたり、当たり前じゃん
と微かな優越感に浸ったりして一人微笑んでしまいました。
心は、「意識」と置き換えることが出来ると思います。それを知るのに、物質の知識は要らない。それを動かすのに、物理学の知識も化学の知識も、工学の知識も要らない。
心とはそういうものです。
強くて弱くてひたむき…。

桂花庵では
自身の手を動かし、頭を動かし、心を動かす時間を共に持ちたいと考えます。

Photos from 桂花庵's post 22/11/2016

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

朝夕とお昼間の寒暖差が激しいですね。
今日、11月22日は二十四節気のひとつ小雪。
北国や山岳地帯では雪が見られるようになる頃です。
チラチラと花が舞うように雪片が風に運ばれる様子を「風花舞う」と表現します。綺麗な日本語ですね。
雨が降らなくなるのでしばらくは虹も見えなくなります。
太陽黄径240度。
強い風が吹き落葉の季節です。

紅葉にまつわるお話しを2つ紹介します。
「木は、激しい冬を乗り越えるため、力を蓄えなければなりません。カエデが散るのは、その身代わり。燃え上がるようなあの色は、我が命より大切なものを守るための、決意の色。そなたは、あのモミジになるのです。モミジのような家臣になりなされ。」
とは、上杉景勝の名家臣、直江兼続が幼少の頃に言われた言葉だそうです。
もうひとつは、
江戸時代末期の傑僧、良寛さんの俳句
「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」
彼は70歳の頃、貞心尼という30歳の恋人が出来たそうです。
人の一生や、生と死を見事に表した一句
で、紅葉や落葉という現象があるからこその表現ですが、さらりとした物言いがなんとも心の奥底に響きます。

明日
23日は、勤労感謝の日であり、新嘗祭がとりおこなわれる日でもあります。天皇が新穀を神に供え、自らも食する儀式です。実りへの感謝も勤労への感謝も忘れがちな現代人ですが、行事として受け継がれていく大切な日です。

さて、
冬を現す言葉に「悴け猫」という言葉がありますが、読めますか?
猫はもともとはアフリカからインドに分布する野生種。いつしか人の側に寄り添い共生するようになりました。
寒さに弱い生き物です。
「炬燵猫」コタツねこ「竈猫」かまどねこと、先程の寒さにちぢこまっている様子を指す「かじけねこ」という呼び方があります。
我が家の猫は、お風呂の温かいフタの上で、丸まらないでリラックスしています。

桂花庵では
心と脳のリラックスができるように、お香と墨の香りの中での時間を提供出来たらと考えます。

Photos from 桂花庵's post 07/11/2016

こんにちは
桂花庵です
必要とするひとりの人に届きますように

11月7日は二十四節気のひとつ冬が立つと書いて立冬。
冬の使者、木枯らし1号もそろそろです。
日本人が考えた「凩」という国字もあります。木を枯らしてしまう程の風、という意味ですね。
太陽黄径225度。
衣替えも済ませ、来る冬に備えは万全でしょうか…

秋の山が紅葉する様子を山粧うと言います。
春の山の爽やかな初々しさは山笑う。
夏の山の青々としてみずみずしい様は
山滴る。
冬の山の枯れた寂しさは山眠る。
めぐる季節それぞれの山の表情を捉えるのは11世紀の中国、北宋時代の画家、
郭熙の言葉に由来しているとのこと。
まるで、山が生きているかのように、そこに宿る草木が生い茂っては色づき、枯れ、また芽吹く一年を大きな心と優しい眼差しで表現しています。

先日、
一冊の古い絵本に出合いました。
宮沢賢治原作、ますむら・ひろし画の
昭和60年発行のものです。
「猫の事務所」という物語です。
猫の歴史と地理を調べ、猫界に役立てる部署で事務長と4匹のエリート猫が勤める事務所です。
空きが出来た一席に、かまどねこと呼ばれる夏生まれの皮膚の薄い寒がり猫が就任します。
かまどねこがその役に抜擢されたのは始めてで、仲間からの称賛と期待を受けての勤めです。彼はとても努力します。
只、寒がりなので竈で眠るので灰ですすけて、いつもちょっと汚れているのです。
彼の努力が実を結んだと思われた頃、心無い事件が起き、誤解と嫉妬から仲間外れになります。
傷ついたかまどねこですがガンバります。
でも、
とうとう辛くて悲しくて我慢できなくなってしまうのです。
そして
獅子が現れて、解散してしまえ。
と怒りました。
事務所は廃止され誰もいなくなりました。
「ぼくは
半分獅子に同感です。」
という賢治の言葉で終わります。

読後のもやもやとした何とも表現に困る感情にしばらく捉えられ解決策がありませんでした。
半分って何?
この本の主人公はかまどねこ。皆な彼を応援するし、好きだよ。
なのに、世の中から事務長と3匹の猫がなくならないのは何故?
獅子は何者?
この童話は子供向け?

大人に是非読んで頂きたい一冊です。
きっと
考え抜け
考えて抜けろ
と、言われているのでしょう。

桂花庵では
時にはこんなお話し等交えて、寺子屋のように、文字を媒体に学べたら良いなと考えています。

あなたの学校を学校のトップリストKobe-shiにしたいですか?

ここをクリックしてあなたのスポンサー付きリスティングを獲得。

場所

カテゴリー

ウェブサイト

住所


Kobe-shi, Hyogo