22/07/2026
30年経っても、学んだことが今でも活きる仕事があります。
「この仕事を、一生続けたい。」
そう思える仕事に、出会ったことはありますか?
学生の頃、多くの人は「安定した会社に就職すること」が正解だと教えられます。
そして社会に出ると、仕事とは「生活のために我慢して続けるもの」だと思い始める人も少なくありません。
もちろん、それも一つの生き方です。
でも世の中には、「好きだから続けられる仕事」や、「歳を重ねるほど価値が増す仕事」も存在します。
私は35年以上、そんな仕事を続けてきました。
しかも、その仕事は1990年頃に身につけた知識や技術が、今でもほとんど変わることなく活かされています。
AIが進化し、多くの仕事が大きく変化している時代にも、です。
そんな仕事が本当にあるのかと思われるかもしれません。
実は、それがダイビングインストラクターという仕事です。
今日は「ダイビング」の話ではなく、「人生の選択肢」の話をしてみたいと思います。
私は1989年からダイビングに携わってきましたが、この世界の本当の魅力は、美しい海や魚だけではありません。
ダイビングは、海を楽しむ趣味である前に、「物事の見方」を変えてくれるものだと思っています。
そして、その見方が変わると、人生の選択肢まで変わることがあります。
世の中には、「知っている人しか選べない人生」があります。
逆に言えば、知らないという理由だけで、一生出会えない人生もあります。
学生の頃は、学校で勉強し、卒業したら就職する。
それが当たり前だと思っていました。
でも社会に出てみると、「それ以外にも、こんな生き方があるんだ」と知る機会がたくさんあります。
会社員として働く人。
起業する人。
投資を学ぶ人。
海外で暮らす人。
好きな仕事を一生続ける人。
知らなければ、一生選択肢にすら入りません。
ダイビングも、それとよく似ています。
私も最初からインストラクターになろうと思っていたわけではありません。ダイビングを知ったことで、それまで見えていなかった人生の選択肢が一つ増えただけなのです。
ダイビングは、「海の遊び」ではありません。
もちろん遊びでもあります。
しかし、それだけではありません。
海では、人間が自然に合わせて行動します。
焦らないこと。
準備をすること。
仲間を信頼すること。
無理をしないこと。
一つひとつは海の中だけの話ではなく、そのまま人生にも当てはまります。
だからダイビングを続けていると、海だけでなく、日常の物事の見え方まで少しずつ変わってきます。
「ダイビングインストラクター」という仕事を知っていますか?
多くの人は、
「夏だけの仕事。」
「趣味を仕事にした人。」
そんなイメージを持っているかもしれません。
しかし実際には、そうではありません。
ダイビングインストラクターは、一年を通して仕事があり、多くのお客様と長いお付き合いをする職業です。
そして、この仕事には他の職業にはあまりない特徴があります。
仕事の土台となる知識や技術の多くが、とても普遍的なのです。
私が1989年にダイバーとして学んだことは、35年以上経った今でも基本は変わっていません。
10m潜れば約1気圧、水圧が増える。
浮力の考え方。
呼吸の大切さ。
自然の法則は、人間の都合では変わりません。
だからこそ、この仕事は経験を積むほど価値が増えていく仕事でもあります。
「時間」を手に入れられる仕事。
夏は忙しい。
でも、それ以外の季節は比較的時間に余裕があります。
その時間で新しい勉強をしたり、お金について学んだり、新しい事業を考えたり。
人生をもっと豊かにするための時間を、自分でつくることができます。
忙しさに追われ続ける人生だけが、働き方ではありません。
時間をどう使うか。
それも人生の豊かさだと思います。
ダイビングを始めると、人生の選択肢が増える。
全員がインストラクターを目指す必要はありません。
趣味として楽しむだけでも十分です。
でも、ダイビングを始めることで、
「こんな仕事もあるんだ。」
「こんな生き方もあるんだ。」
そんな世界に出会える人もいます。
人生を変えるのは、いつも「知ること」から始まります。
ダイビングを始めようと思っている方へ。
海の中には、美しい景色があります。
でも、本当に見てほしいのは、それだけではありません。
ダイビングを通して出会う人。
価値観。
働き方。
生き方。
それらに触れることで、「自分はどう生きたいのか」を考えるきっかけになるかもしれません。
もし今、
「今の仕事は自分に合っているのだろうか。」
「もっと自由な人生はないのだろうか。」
そう感じているなら、一度ダイビングという世界をのぞいてみてください。
海に潜ることが目的ではなく、人生の選択肢を増やすために。
人生は、「どんな道を選んだか」で決まることもありますが、それ以上に、「どんな道を知ることができたか」で決まることもあるのだと思います。
そんな始め方があっても、私はいいと思っています。