19/08/2026
メルマガコラム
『言葉は遅れてやってくる』
「言語化」のニーズは高まっています。働く場所も価値観もばらばらになり、「察してよ」では通じにくくなりました。空気に頼れなくなり、ぼくらはいちいち言葉で運ばなければならない。会議でもSNSでも、早く、短く、わかりやすい言葉でお気持ち表明しなければ、存在していないことにされます。
でもぼくは、誰かに会って心が動いた直後に「今日も素敵なご縁に感謝です」などとまとめられません。揺れが大きいほど、消化するのに時間がかかるのです。
早い言語化はコミュニケーションを円滑にします。ただ、早すぎる言語化には弊害もあるのではないでしょうか。
体験を語るとき、よく使われる物語の型がありますよね。
「手放した途端、不思議と新しいご縁が舞い込んできました」
「育てているつもりが、子どもに育てられていたのは私のほうでした」
「幸せは遠くにある目標ではなく、何気ない日常の中にありました」
どれも、どこかで聞いたことがあります。ぼくらは、不運には「意味」を、欠点には「強み」を、別れには「感謝」を与えたがります。型を使わないと、人生がすばやく片づかないからです。
少なくとも、人前ですぐ言葉が出てくる能力の一部は、こうした定型の引き出しの多さと、その検索速度でできている、とにらんでいます。カラオケの持ち歌が多いというか。
今このノリなら、あの曲だな。イントロが流れた瞬間、「はい、待ってました」と歌い始める。相手も知っている曲だから、場は盛り上がります。対談でも会議でも、立て板に水です。
ところが、ぼくの場合、帰り道にふと気づくことがあります。
「あれは、自分の歌じゃなかったな」
嘘ではないけれど、その場にぴったりの人気曲を気持ちよく歌っただけ。拍手までいただいたことが、あとになって恥ずかしくなるのです。
既存の型に当てはめれば、複雑な体験を扱いやすくできます。でも、型からはみ出した固有の細部は切り落とさざるをえない。
「あの人は優しい人だった」と何度も語るうちに、意地悪だった日の記憶が消えていく。「上司が最悪で会社を辞めた」と説明するうちに、仕事に感じていたやりがいや、自分の未熟さを忘れていく。
最初は、他人にわかりやすく伝えるための要約だったはずです。ところが何度も同じ説明を繰り返すうちに、自分でも、それが出来事のすべてだったように思えてきます。言語化とは、体験を説明するだけでなく、記憶自体も型通りに変えてしまう。
けれど、型に沿って要約することが悪いとも言い切れません。人に話すことで、心が軽くなることがあります。一人では抱えきれない体験を何度も語り直す。そのたびに枝葉が落ち、筋道が生まれ、やがて「自分に起きたのは、つまりこういうことだった」と、抱えて生きられる大きさになります。
ただ、軽くするためには、こぼれ落ちるものが出てしまう。
先々月、黒崎輝男さんを追悼するZINE『 KUROTERU Studies』を制作しました。スクーリングパッド自由大学で学んだみなさんに、黒崎さんとの思い出を寄稿していただいたのです。
ある人からは、辞退の返事がありました。「黒崎さんのことを自分のなかで言葉にするにはまだ早いので、もう少し時間を置きたい」という趣旨でした。
ぼくが依頼しておきながら、ああ、わかる、と思いました。
言葉を紡ぐことに慣れた人たちです。それでも、いまは書けない。まだ安易に言葉にしないほうがいいと、身体が知っている。もちろん、これは返事を受け取ったぼくなりの解釈です。
寄稿を募るときも、「黒崎さんはこういう人だった」とまとめるのではなく、なるべく具体的なエピソードを書いてくださいと伝えました。「厳しい中にも愛のある人だった」と定型の人物評にすれば、その言葉からこぼれた黒崎さんはいなくなる。型に回収されたくはなかったのです。
だから、一人ひとりの記憶に残る断片を集めました。並べてみると、同じ一人について書いているとは思えないほど、矛盾した姿が現れました。読むほどに輪郭がぼやけ、同時に、本人らしさが浮かび上がってきます。
言葉には、複雑な体験を抱えやすく組み替える力があります。ただ、抱えやすくすることと、正確に残すことは同じではありません。
「やべー、マジか」と発したきり、言葉を失ってしまう人が、あとになって、その人にしか書けないものを書いてくることがあります。言語化が下手なのではなく、まだ、どの型も違うと身体が知っているのでしょう。
言葉にする力と同じくらい、急いで言葉にしない感覚も信頼したい。自分の言葉は、たいてい少し遅れてやってくるから。
TEXT: 自由大学学長・教授 深井次郎
担当講義:自分の本をつくる方法