美し国(うましくに) 一般社団法人

美し国(うましくに) 一般社団法人

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「日本を学び、日本を体験し、日本を発信する」
 日本蘇り運動「美し国」

代表 菅家 一比古(かんけ・いちひこ)

東京都新宿区神楽坂6-42 神楽坂喜多川ビル5階

27/10/2021

言霊の華 最終回 646号

『花園の午睡』

あなたをいつも上から見下ろしてばかりゐた
あなたをいつも自分の眼鏡だけで見てゐた
果たしてあなたは私を見てくれてゐるのだらうか
本當は私の粗い波動を受けて傷つき
目をそらしてゐるのかもしれない

もつとあなたに近づきたい・・・
もつといのちを感じたい・・・

あなたと語りあへたならどんなに素敵だらう
この世の最高の戀人のやうにいつくしみ
私は癒されるに違ひない

私は花の氣持ちになつてみやうと思ひ
見下ろすのをやめ
花たちの隣に寝転び天を仰ひでみた

空いつぱいの青空が澄み渡り
綿菓子のやうなふんわりした雲が
につこり微笑みながら通り過ぎて往く

愛らしく囀る小鳥たちが
まるで無限の青ひ空間を
遊び場にしてゐるかのやうに
無邪気に戯れてゐる
蜜蜂たちはとてもにぎやかに
花たちとおしやべりしながらうれしさう

やがて一羽のアゲハ蝶がやつてきて
私の上を戸惑ひながら舞つている

あなたのその小さないのちは
皆を生かしてゐたのだ
そしてその可憐ないのちを
皆がいとほしく思つてゐたのだ

美しいあなたは自らを主張しやうとしない
だから人はさり氣ないあなたの
美しいいのちをつい見過ごしてしまふのだ

その可憐なるものを
地の上に現はしたものを私は讃へる
やうやく私はあなたと一つになれた氣がした
寝そべる私の身体の底から
大地の生命の囁きが
子守唄のやうに響ひてきた

あたりは目映ひばかりの光に包まれてゐる
まどろみをおぼへた私は静かに眼を閉じた

(菅家一比古 言霊詩集「いのち旅ゆく(二)」より)

この度、2021年10月末を持ちまして『言霊の華』の配信を終了させていただくことになりました。
ご登録をいただいておりました皆様には、長らくご愛読いただきまして誠にありがとうございました。
今後の皆様と日本の弥栄を心よりお祈り申し上げます。

一般社団法人 美し国

22/10/2021

言霊の華 645号

『和らぎの世界を持つ人』

心の柔らかい、和らぎのある人の側にいるとほっとし、満たされます。
私もそういう存在でありたいものです。

作家の五木寛之氏は幼い頃、
ある夜、山を越えて、向こうの村まで行かなければならないことがありました。
断崖絶壁があるほど、山道は大変険しく、
五木寛之少年は恐怖におののき、不安に怯えながら歩いていました。

その時です。雲間からお月様が出て、さーっと足元が明るくなり、
辺りが照らされたので、深く感謝をしたそうです。

不安におびえながら、重い荷物を背負っての闇夜の山中行、それは私達の人生そのものです。
お月様に道を照らされて、勇気と希望と安心がもたらされたのです。

そこで考えてみてください。
月の光が重荷を軽くしてくれたのでしょうか?
月の光が山道を登る労力を軽くしてくれたのでしょうか?

月の光が、相手の重荷を軽くしてくれることは決してありませんが、
さやけき月の光は、相手に勇気と希望と安心を与え、再び歩き始めるように導くことができるのです。

以前も「涙」の話をしましたが、
「涙」は「大歓喜」の対極にあるものではなく、
「涙」と「大歓喜」はセットになっています。
観音大悲のように私のために泣いてくれ、私のために祈ってくれる人がいた。
「もののあはれ」や「感愛(かなしび)のこころ」を持ち合わせた、そんな和らぎの存在があれば、
復元力が働き、私は知らず知らずのうちに浄化され、
晴れやかに逞しく生きていくことができるのです。

隈もなく 澄める心の 輝けば
 わが光とや 月思うらむ

これは明恵上人の歌ですが、さやけき月と私の晴れ渡った心は一つです、
月の光によって私は清められています、という意味です。

「感染的一体感」で自他対立を超え、
積極的に大自然の生命と共鳴、共感して、
皆様の霊魂の扉を啓き、和らぎの世界をさらに深めていってください。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

14/10/2021

言霊の華 644号

『自然力を呼び起こす』

日本は照葉樹林文化の国です。文字通り、お日様の光を浴びて、木々が青々と生い茂るのです。ヒマラヤの南部・インドシナ北部・揚子江沿岸・朝鮮半島南部、この細長い一帯が照葉樹林文化の地域です。

この地域はタロイモとか、山芋などの根菜食が中心です。ヨーロッパは雑穀文化、アメリカはトウモロコシ文化と言われます。照葉樹林文化の根菜類には、葛・カタクリ・こんにゃく芋があります。これらは根を砕き、水晒しをします。

水晒しをするためには、大量の水と桶が必要になってきます。日本神話には、天照大神が天の岩戸にお隠れになったときに、アメノウズメノミコトが桶の上でマサカキを鬘(かずら)にし、笹を身にまとって踊り、天照大神に岩戸を開かせるというお話があります。こうしてみますと、水、植物(お花)、桶(器)を基層にし、複合的に重なり合って、茶道も華道も生まれたのではないでしょうか。

日本人は、自然の色を「青」に喩えます。空の青、海の青、山の緑も青になるのです。どう見ても、道路の信号は緑なのですが、それを青信号と言います。
「大和は国のまほろば 青垣山こもれる大和しうるわし」
幾重にも緑が青垣のように重なります。

もののけ、もののふ、もののべ、ものは霊魂を意味し、「もののあはれ」とは、大自然の生命と自らの生命が一つになり、合わさった感動を表現しているのです。大自然の生命の営みは、私の営みであり、私の生命の延長として観ているのです。

その一体感を持った時、「もののあわれ」という心性が成り立っていくのです。大自然の生命を眺めるという行為は、私自身を観る行為そのものなのです。自然と心がものとして一つ・・・それを「もののあわれ」と言います。

松尾芭蕉は『奥の細道』の冒頭に「月日は百代の過客にして いきかふ年もまた旅人なり」と表現していますが、自然界から、人間界から、宇宙転変、一切の世界が流転している、永劫なる循環をしていることを鋭く見抜いているのです。最高の霊性と情緒と感性を持った方だと思います。大伴家持、柿本人麻呂もそうです。

日本人の持っているこの感性は、なかなか他の世界には判ってもらっていないように思います。しかしこの自然力を呼び起こす力は、自然と一つになっていく力を持っています。欧米近代主義は計らいの連続ですから、大いなる自然力が養ってくれなくなるのです。

これからのポスト近代を提供できるものは、大自然回帰に基づいた日本の理念なのだということを知っていただきたいのです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

06/10/2021

言霊の華 643号

『宇宙のリズムに沿って生きる』

長野県の安曇野に行きますと道祖神がたくさんあります。道祖神は四辻や道端、村や町の境にあって魔除けをし、旅人の守りをしています。道祖神は夫婦和合の姿を描いた石像です。肩や頬を寄せ合っていて、とても微笑ましいのです。

道祖神の「道」は「満ち」溢れているという意味です。中国で「技」が「術」となり、「術」になったものが「法」となり、「法」となったものが日本に来て「道」になるのです。

対馬海峡を渡ると、いろいろなものが「道」になります。(茶道、華道、武道、香道、歌道)「道」というのは究極なもので、そこに「魂」が溢れているのです。

ですから日本のことを「日(霊)の本(ひのもと)」と言います。霊魂(みたま)の「霊」は、元々ヒ、ミ、チとも呼びます。日本という国の磁場は、実は「霊の元(ひのもと)」なのです。世界で生まれた「技」や「術」が日本に辿り着くことによって価値の再創造がなされ、新たに生まれ変わるのです。

道祖神には道(ロード)を守るという意味の他に、道の祖(元、親)という意味があります。なぜ道の祖が和合像なのでしょうか。それは日本の響きが和合・調和であるからです。

この世は全ての響きが溶け合い、混ざり合い、調和しあって一大音楽が流れています。実は人体も音が鳴っていて、心臓には心臓固有の音、肺には肺の音、胃には胃の音があります。

これを発見したのがイギリスのマナー博士という方で、博士はそれぞれの音を収録しました。お盆にパウダー状の白い砂を撒いて、サイマティックスという音波で胃の音を聞かせたら、砂は胃の形になったのです。心臓の音を聞かせると心臓の形に、肺も膵臓も、みな固有の音を発しています。

人体はコスモロジーで60兆の細胞を持つ小宇宙ですから、宇宙の構造そのものです。この宇宙は全て音、響き、波動、周波数、波長で成り立っています。ということは、宇宙のリズム、流れ、法則を知った時、このリズムに沿って生きることが「道」、日の本(ひのもと)を生きることだとわかってきます。

イスラム圏やユダヤ圏、キリスト圏などは裁き、戒律などで生きようとしますし、宗教に限らずドグマを持っている国々もそのドグマに生きようとします。しかし、実際は違うのです。宇宙には響きがあり、法則がありますから、そのリズムを探っていけばいいのです。

そうしますと、自分が共振しはじめ、どこかでそれと共鳴する人が出てきます。一人の「気づき」で共鳴し始めると、周りも共鳴し始めます。その共鳴が次々に共鳴を呼び、響きが響きを呼んでいきます。

日本の中心に「和合・調和」という原理があることに私達は感謝しなければなりません。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

29/09/2021

言霊の華 642号

『高次の自分を発見する』

教育学者で神秘思想家のルドルフ・シュタイナーは「その人物が本当に尊敬に値する人物かどうかというよりも、内面からの深い尊敬の感情を込めてその人物を見上げることが重要である。尊敬という意味深い感情が、見上げる高次のものへと自分を高める。私に高次の真理について語る人は私自身である」と言っています。

私が明恵上人や良寛和尚が好きで好きでたまらないという時点で、私が明恵であり、良寛なのです。人や仏と出会って相手を通して自分のことを学び、出会っているのです。

「最初は、高次の自我を自分の外に探さないといけない。魂の進んだ人から、自我の成長を学ぶことができる。(中略)自分より魂が進んでいる人の立ち位置に、いつか将来、自分も立つようになる」(シュタイナー)自分に高次の真理を語る先生には、自分自身がならないといけないのです。そこに尊敬とかあこがれとか、郷愁がないと成長は遂げられないのです。

そういう人に近づいていくと、どんどん魂が向上し、必ずその人のレベルに達するとシュタイナーは言っています。師匠を超えていかないといけないのです。そして、いつかあなたが人の前に立って、人様のために高次の真理を解き続けていくことになるのです。

悲しいかな、イエス・キリストの生前、弟子たちは本当のイエスに出会うことはできませんでした。亡くなった後に出会ったのです。

イエスの真実を見ることができ、聞こえていたのは「マグダラのマリア」だけでした。(「マグダラのマリア」は、新約聖書の中の、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの『福音書』に登場し、イエスとともに福音の旅をし、イエスの磔刑と埋葬、復活に立ち会いました。)

私は以前「人生は親心を知る旅」という詩にマリアのことを書きましたが、マリアは本当のイエスと出会っていたのです。マリアがどれだけ深い信仰心を持っていたのかは、最初にイエスが復活して現われたのがマグダラのマリアのところだったということでも判ります。

本当に出会うということは、他者の中に高次の自分を発見できるということなのです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

22/09/2021

言霊の華 641号

『中秋の名月に月を眺む』

宇宙の果てに行くと何処にいくのでしょうか。宇宙のことは天文学者に任せたらいいのですが、一般人にとって宇宙は、科学の対象ではなく芸術の対象です。

古来、日本人はこの宇宙を美として捉えてきました。明恵上人の

あかあかや あかあかあかや あかあかや
あかあかあかや あかあかや月

この有名な月を詠んだ歌がありますが、どこまでもどこまでもお月さまがあかあかと自分を照らし続けているという歌です。

日本文学に『配所の月を眺む』というものがあります。源氏物語にも出てきますが、光源氏が須磨、明石に流された時、毎晩のように須磨や明石の月を眺めるのです。何のためかと言いますと、それは浄化されるためです。菅原道真公は大宰府に流された時、月を見て和歌を作りました。

海ならず たたへる水の そこまでに
きよき心は 月ぞ照らさむ

「お月さまのように私のこころは真っ白です。私はやましいことは一切ありません。罪をえて京都からこの地に流されたのではないのです」ということを神に向かって言っているのです。

日本人にとって月を眺めることは、癒しと浄化の行為なのです。源氏物語に出てくる「須磨」の意味は澄ませるという意味で、「明石」は身の証を立てるという意味です。実にこの地は禊と祓の地でした。光源氏はずっとこの地で月を眺め、その輝きと自分の心を照らし合わせてどんどん心が澄んでいったのです。

アメリカはアポロ計画で科学的に月の開発をしてきましたが、日本は月によって心情開発をしてきました。これが日本人における宇宙です。十五夜お月さまや、かぐや姫物語などのように、月を神秘的なものとして捉えてきたのです。宇宙エネルギーなどとマニアックな言葉が氾濫していますが、宇宙というものをもっと哲学的に芸術的に表現してほしいものです。

「詩」としての宇宙は思考で判断する宇宙ではありません。心と直観、芸術的感性と霊性で捉えていくことです。宇宙と人間は並々ならぬ関係があるのです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

09/09/2021

言霊の華640号

皆さま こんにちは。
今回の言霊の華は、堀内明日香がお届けします。

『21世紀に生きる我々に遺された大切なメッセージ』

日本人においてその勇気ある行動を称えられた一人に、第二次世界大戦時の駐リトアニア日本国領事館の副領事で、近年多くの日本人にも知られるようになった杉原千畝氏がおられます。

東日本大震災において、アメリカの「トモダチ作戦」が注目を浴びましたが、実はどこの国よりも早く医療チームを派遣してくれた国は、日本から遠く9000kmも離れたイスラエル。なぜイスラエルだったのでしょう。それは日本人外交官、杉原千畝への恩義を同国が忘れていなかったからです。

1939年、日本、イタリアと三国同盟を結んでいたヒトラー率いるナチスドイツがポーランドに侵攻し、ユダヤ人を迫害します。残忍な方法で多くのユダヤ人を虐殺しました。恐れたユダヤ人たちは、第三国に出国するために日本の領事館に日本通過ビザの発給を求めます。

杉原氏はドイツ軍の残虐な行為を知り、人道的立場からユダヤ人を助けようとします。しかし、ドイツとは同盟国であるため、ユダヤ人を逃がすことはヒットラーへの敵対行為に当たります。日本の外務省にビザ発給の許可を求める請訓電報を2度打ちますが、いずれも拒まれました。

ナチスに命を狙われる可能性もありましたが、それでも杉原氏が選んだ道は、本省の指示を無視してビザを発給することでした。来る日も来る日も、手書きで1日300人分のビザを書き続けました。

日本からの退去命令で同国を出国せざるを得なくなりますが、汽車が出発する直前まで居並ぶユダヤ人のために万年筆を走らせ続けました。汽車が出発する時には、「許してください。もう書けない。皆さんの無事を祈っています」と頭を下げました。そして杉原千畝の勇気ある行動で助かったユダヤ人は、6000人にも及びます。

杉原千畝氏の功績は世間に知られないまま、時が過ぎます。イスラエル政府から日本人初の「諸国民の中の正義の人」という称号を授与されたのは、86歳で亡くなる前年の1985年。日本政府がその功績を正式に認めたのは、それから15年も経った2000年のことでした。

2年程前、美し国の有志でイスラエルのエルサレム地区・ホロコースト記念館にある杉原千畝・植樹碑に鎮魂慰霊へ参りました。世界人類が二度と同じ過ちを起こさない為に、命を懸けた杉原千畝の行動は、21世紀に生きる我々に大切なメッセージを与えてくれていると感じます。

来週、美し国経営者連盟ZOOM講演会ではサンマリノ共和国特命全権大使 駐日外交団長マンリオ・カデロ閣下をお招きし、『世界が愛する日本』と題し講演いただきます。

カデロ閣下はクリスチャンでありながら神道に傾倒され、母国にヨーロッパ初の神社本庁公認神社が建立されたことを『光栄なこと』と喜ばれています。また、カデロ閣下は「杉原千畝のような日本人が、いかに他国に貢献し、慕われてきたのか。その根っこには神道の教えがあるように思えてなりません」と伝えておられます。

この度の講演会では、世界が憧憬の眼差しを向ける日本の心を外国人の目から分析され、この転換期に日本人として忘れてはならないことをカデロ閣下に提言していただけることでしょう。

かむながらありがとうございます

菅家廊下翔塾 堀内明日香

photo by wikipedia(杉原千畝氏)

03/09/2021

言霊の華 第639号

皆さま こんにちは。
今回の言霊の華は、堀内明日香がお届けします。

『先人への恩返しと子孫への恩送りのために出来ること』

先月、故栗林白岳名誉館長の私財で旧日本軍の武器や軍服などを約15,000点展示されている、栃木県那須町の戦争博物館へ行って参りました。祭壇では、美し国よりお供えと鎮魂の意を捧げさせていただきました。

故栗林名誉館長は長野県出身、14歳より満蒙開拓青少年義勇軍として満州に渡り、日本の終戦(敗戦)後は、長く苦しいシベリア抑留生活を経てようやく日本に復員。荒れ果てた国土、疲弊しきった人々、戦後の苦しく貧しい時代を必死に生き抜いてこられました。

そのような激動の中で忘れることが出来なかった軍隊時代。生前「俺は強くて優しい日本の兵隊が大好きだった。あの時代に散華していった仲間を、祖国を想う自分の気持ちを、忘れることはできないんだ」と話しておられたそうです。

長年苦労して旧陸海軍の兵器や軍装品を集められた栗林館長は、「戦争を知らない若い世代にも、その悲惨さを知ってもらいたい」と、那須の地に戦争博物館を設立されました。ご英霊が命を懸けて国を守ってくださった証が、ここに納められています。

そして、先月終戦(敗戦)の日早朝6時30分、美し国では総勢40名で靖国神社を参拝し、ご英霊に感謝と国家の安寧、皇室の弥栄をお祈りいたしました。「忘れない」を身体に落し込んでいくために美し国では鎮魂慰霊を続けて参ります。そうすることにより英霊や先人と繋がり、それが生き方と感謝に現われてきます。

今年のお盆の期間、日本列島はずっと大雨でした。私にはそれがご英霊の涙と感じずにはいられませんでした。愛する故郷、愛する家族の為に、散華して逝ったご英霊たち。

また靖国神社では、国歌「君が代」を斉唱しました。君が代の歌詞の中に「さざれ石」とあります。一人一人の力は、砂粒や小石のように小さくても、皆で助け合い協力すれば大きな「巌(いわお)」となり、この国が永遠と続きますようにと言う先人の『祈り』が込められていると想うと、この歌詞がいつも以上に胸に染み入ったのでした。

先月のオリンピック閉会式でも、宝塚歌劇団が袴姿で歌った「君が代」。前職の宙組で同じ舞台に立っていた宙組生数人が、凛として誇らしく立っていました。その姿に多くの国民が心を打たれたはずです。宝塚100年以上の歴史も、国歌「君が代」の歌詞の「さざれ石」のような一人一人のチームワークで成り立っているのです。

今こそ日本の伝統と精神を見つめ直し、「さざれ石」のように皆で助け合い、協力し合えるかむながらの国や組織の形を目指すこと。それが先人に対する恩返しであり、子孫に対する恩送りであると信じて、これからも精進を続けて参ります。

かむながらありがとうございます

菅家廊下翔塾 堀内明日香

photo by wikipedia(故栗林白岳名誉館長)

26/08/2021

言霊の華 638号

『英霊たちを「犬死」と言わせないために』

平家の滅亡はやがて琵琶法師によって美しくも哀しい調べとなり、「平家物語」として後世に語り継がれて行きました。爾来(じらい)、日本人の琴線に触れ続け、今日に至っております。何故、平家物語が日本人の共感を喚(よ)ぶのか。きっとそれは、「滅びゆくものの美」がそこにあるからなのだと思います。

平家一門は武家の棟梁から朝廷の要職を占めるに至り、その栄華は雅やかさ、きらびやかさを極めました。その短い栄華は、一門の滅亡と云う形で幕を閉じたのです。平氏と源氏の決定的な違いは、平家一門の結束力が強く、とても仲が良く、学問、芸術、文化を重んじ、且つ一族の諍(いさか)いがほとんど見られることが無かったことです。

一方の源氏と云えば、頼朝は弟たちを殺し、親戚、一族を殺し陥れる策謀、謀略の、とても「美」とは遠いものでした。源頼朝の後を継いだ北条氏もまた同じで、その後の足利幕府も政略、謀略の連続です。

雅性、文化性を重んじた西日本武士団、政治性、儒教性を重んじた関東武士団。結末は、徳川幕府が西日本武士団に因って滅亡します。源氏が滅亡しても徳川の時代が終焉しても、「平家物語」のような人々に共感をもたらすような文学は、遂に現れませんでした。

平家の最期は、終わりっぷりが見事だったのです。先の大戦で散華して逝った特攻隊をはじめとする御英霊たちも同じです。後世の人々に忘れることのできない出来事として、強烈な記憶と余韻を残したのです。

毎年8月15日が近づくと、必ず特別番組として、大戦のドラマ、映画、ドキュメンタリーがテレビ等で放映されますが、全て大東亜戦争原罪論に帰結してしまうのです。驚いたことは、NHKの朝の連続テレビ小説の再放送の「あぐり」です。丁度終戦の日に日程を合わせたかのように、これでもか、これでもかと厭らしいほど戦前、戦時中の極端な日本の姿を強調しているのです。

左翼NHKの意図が判ります。そしてこのような放送で必ず言われることは、「戦争のことを忘れてはならない、風化させてはならない」です。その意味は「日本が間違っていた、悪かった」「戦死した人は惨めで憐れだった」。しまいには、「犬死だった」とまで言います。

そのことを忘れてならないと言いたいのでしょう。大東亜戦争原罪論に縛られている内は、決して英霊たちは報われません。英霊たちはそのような悪や罪のために殉じて逝ったのでしょうか。国家存亡の時、国を守るため、愛する家族やふるさとを守るため、楯となって逝ったのです。

英霊たちを犬死させたか、させなかったかは、後世に続く我々の生き方で決まるのです。英霊たちが願っていた祖国日本の姿と人々の姿。国を愛し、平和を愛し、繁栄を想う、その心にどう向き合って報いて行くべきなのか。

先の大戦のことを決して忘れてはならないとは、このことを言うのです。英霊たちを不幸だと思うその心が不幸なことなのです。そう云う我々こそ犬死だと思ったほうがいいでしょう。

英霊たちは生命(いのち)の尊さ、国家の尊さ、人生の尊さを自ら示して下さったのです。英霊たちを犬死させるのもさせないのも、我々の現在(いま)の、これからの生き方が決定することを肝に銘じなければなりません。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

11/08/2021

言霊の華 637号

『オリンピック開会式、閉会式の哲学性と想像(創造)力の欠如』

猛暑の中での東京オリンピックが終了しました。世界の祭典が無事に成し遂げられたのは何よりです。今回のオリンピックでメダル獲得選手もそうでなかった選手も、インタビュー中に泣いており、そのインタビュー最後に自分を支えてくれた家族や仲間、チーム関係者に、そして大会そのものに感謝の氣持ちを述べており、その美しさにとても感心しました。

真剣に努力し闘ってきた者たちだからこそ、最後は感謝に行き着くのだと思います。人生もきっとそうでしょう。不平、不満、愚痴、悪口、批判が多い人は、真剣に向き合ってこなかったか、努力をしてこなかったからだと思います。苦労して来た者たちだからこそ判りあえる、相手の氣持ち、人の氣持ち。

今回のオリンピックで敗者をも称え、祝福するシーンを随所で見せて貰い、勇氣とエネルギー、浄化を頂いたように思います。きっと多くの国民もそう感じたに違いありません。だからこのオリンピックはやって良かったのです。

ただ残念だったことは開会式、閉会式のセレモニーでした。何故もっと日本らしさが出なかったのでしょう。コロナ禍の中での開催で、選手を含む外国から訪れた関係者は選手村から外出できず、日本の素晴らしさを知る機会がほとんどありませんでした。せめて開閉会式ぐらいはその色をもっと出すべきだったと思えてならないのです。

少数民族アイヌの紹介パフォーマンスで思うことは、何故そこまで取り上げねばならないのかと云うことです。日本にはアイヌ虐待や虐殺の歴史などありません。ただ同化政策を急ぐあまり、善かれと思ったことが行き過ぎて、アイヌ民族の文化、伝統に配慮が足りなかったこともあったのは事実でしょう。

しかしアメリカのネイティブアメリカンや、オーストラリアのアボリジニに対する虐殺、虐待、人種差別などに比べたら、月とスッポンです。ロサンゼルスオリンピック、ソルトレイクシティオリンピックもシドニーオリンピックも、そうした負い目から先住民族を濃厚に登場させるパフォーマンスが演じられたのです。勿論、アイヌ文化の固有性、精神性は尊重し保護するのは当然のことでしょう。

今回のセレモニーで感動したのは、閉会式で宝塚歌劇団が袴姿で歌った「君が代」でした。凛としたその姿に多くの国民が心を打たれたはずです。しかし宝塚の出番はそれだけでした。次のパリオリンピックに向けてエールを送る意味でも「ベルサイユの薔薇」を是非歌って欲しかった。どれだけ閉会式が盛り上がったことか。

日本のオリンピック企画委員会が協議に協議をかけ、きっとこのような内容になったと思われますが、それにしても哲学性、未来性が無さ過ぎます。結局想像(創造)力が欠落するあまり、ストーリー化できないのです。

閉会式では地方の祭や習俗が映像に映し出されていました。しかしあれでは、日本は多民族の集合国家だと言わんばかりで、外国人に一体どんな印象をもたらしたのか。

私は過去四度ほど自衛隊音楽祭に行きました。圧巻だったのは、全国の駐屯地で結成されている音楽隊が一堂に会する和太鼓の大演奏です。魂が揺さ振られるほど感動しました。

外国人には到底訳の分らない地方の習俗や祭を短時間で映し出すより、全国の伝統的な和太鼓の大演奏が繰り広げられることの方が、どれだけ外国の人々により感動と深い思い出を残すことができたことでしょう。残念に思えて仕方ありません。

哲学性の乏しさ、想像性の乏しさ、それが戦後日本の国家意識の足りなさから来ていることを自覚するべきです。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

Photo by Getty Images/国家斉唱する宝塚歌劇団

04/08/2021

言霊の華 636号

『「君が代」「日の丸」を改めて想う東京オリンピック』

現在(いま)オリンピックも後半に差しかかっておりますが、アスリートたちの活躍のお蔭で多くのメダルを獲得するに至っています。その度に掲げられる「日の丸」、流れる国歌「君が代」を見、聞くに及んで想うことは、オリンピックとは個人競技を超えて最早国家間競技だと云うことです。

国家の威信にかけて、誇りにかけて競い合うのは、学術の世界、音楽、芸術、経済の世界も同じでしょう。今回のオリンピックに於いて、中国の強さに世界中が驚いています。正に国家意識の強さがそうさせているのです。

中国の学術論文の本数、留学生の数は、残念ながら日本は足元にも及びません。宇宙開発のスピードも掛ける予算も軍事費も、アメリカを凌駕しています。中国の野心丸出しの海洋進出、または侵犯、そして人権弾圧。途上国に対する「経済支援」という名の政治的支配は、露骨極まりないものとなっており、民主主義諸国から強く反発され、警戒されるに至っております。

「強きことは正しいこと」これこそが覇権主義であり、いまの中国そのものの姿でしょう。かつてイギリスもアメリカもそうでした。しかし第一次大戦、第二次大戦の教訓により、国際平和を真に希求し始め、高度な民主主義を実現したのです。

しかし中国の歴史は一度も立憲民主主義を経験することなく、清王朝が滅んで中華民国となったものの長続きせず、間もなく中国共産党王朝になったのです。即ち中国は真の意味での民主主義をいまだ知らないのです。数千年の歴史を通して経験して来たのは、「強き者による支配」でした。オリンピック競技も強くなければならないのです。

今回のオリンピックがまだ中盤だというのに、何度も日の丸が掲げられるのを見、君が代が流れるのを聞いています。日本国内でこんなに多くその場面を見るのは、57年前の東京オリンピック以来でしょう。日本の若者たちは恐らく初めて経験することです。

それだけ見ても、今回多難だったオリンピックが開催されたことは大いに意義あることだと言えます。

日の丸、それは白地に赤。
道元禅師の和歌を紹介します。

 冬草も 見えぬ雪野の しらさぎは おのが姿に 身をかくしけり

この歌の題名は「礼拝」です。きっと白一色、純白無垢でありたいという想いこそ、道元自身の白鷺に対する姿であり、自己投影なのです。

藤原定家の歌にもあります。

 駒とめて 袖うち払ふ 影もなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ

白皚々(がいがい)たる静寂の世界に、さらに雪はしんしんと降りしきり、白我そのものが音なき空間に沈んでいく様が判ります。「白」とは癒し、浄化、帰幽を意味する宗教性の深い世界なのです。その中心に赤い丸。赤は誰でも判るお日様です。

神道の心の大切さに「清き 明かき 直き心」があります。赤とは明かきこと。万葉歌人の「田子の浦ゆ うち出てみれば・・・」で有名な山部赤人の和歌の多くに「清き」が出てきます。清浄なる自然を慕う彼の名前が「赤人」だったことも頷けます。

国歌「君が代」の全然闘争にむかない荘重な高き調べ。そして「清き 明かき 直き心」を取り戻す日の丸。改めて「君が代」「日の丸」の有り難さに感じ入っている今日この頃です。

合掌 かむながらありがとうございます  

菅家 一比古

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