今、和算にハマっている。田村三郎という人が中心となって、1991年に大阪産業大学の中に、近畿和算ゼミナールというものを立ち上げた。そこにおける田村三郎さんの講義録をまとめたものが、「今、なぜ 和算なのか」という本になっている。この中では、明治以降の算数教育の変化・流れが明らかにされている。大変ありがたいことに、読んでみて、問題点と課題も明らかになった。その結果、解決策はやはり「調べ学習」の実践・展開だと、強く確信させていただきました。よかったです。
武蔵野セミナー
武蔵野セミナーは中学生高校生対象の学習塾としてスタートしてから38年。コロナ禍の三密回避の状況下、狭いスペースでの教室を閉鎖しました。その後、理想とする「調べ学習」の実践を展開するべくチャンスを伺いつつ、情報収集と情報発信を行っています。
「調べ学習」がこの国の教育シーンにおいて、徹底して実行に移されたことは、未だかつてない。その重要性の指摘とか提案はなされてきたものの、教育現場で徹底的に実施された事はない。その結果が、世界における日本人の教育レベルの低さ、という事になる。一択思考が通用した時代はとうに終わっている。にもかかわらず、日本の受験教育に支配された学校教育は、相変わらず詰め込み・丸暗記・無駄排除の一択教育が全ての子供達を覆い尽くす。そして、一択思考の大人になって、絶望的一択社会の一員となる。今、日本は絶望的一択社会に悲鳴をあげている。
私の知り合いが、多摩市で「かるがも宿題クラブ」を開設しようとしています。6月の開設に向けて、打ち合わせを繰り返しているようですが、今度その打ち合わせ会議に参加させていただきたくお願いをしました。
この国の学校教育は本当に偏向している。つまり、国家にとって都合の悪いことは、子供たちに、そして将来の大人たちに教えないのだ。そんな事は百も承知、ではあったが、映像の世紀というTV番組で、満蒙開拓団の引揚者を、国内各地に開拓団として振り分け、痩せた土地でどうにもならない土地をようやく収穫できるようになった頃、今度は接収し取り上げたのだ。六ヶ所村や福島第2原発など、今や多くの原発用地になっている。国内各所で追い出された人たちの一部はブラジルなどの移民となる。そしてさらに、原発事故の放射能汚染で、福島県内各所の開拓村住人も追い出されることになったのだ。
自分の住んでいる地域の事を知る。これは、学習と人間形成の重要なプロセス。そこで、求められるのは、教育の現場における副読本の存在。この副読本が存在し、活用している学校は、今や少なくなっている。副読本の復活もしくは導入が望ましい。
今の学校教育の教科書にはダイナミズムというものがない。それは、それを許さない教科書検定というものが立ちはだかるからだ。ダイナミズムを感じ取れない学習現場からは、学究の徒が誕生しないばかりか、学ぶことで大きな感動を覚えることがない。結果として、今の学校教育は、悪い意味での小市民製造マシンなった。表面の現象しか見られない、自分の身の丈にあった小さな事にしか感動できない、そうした人間類型が支配的になった。言い換えれば、生きる事の醍醐味と大きな幸福感を感じられない、寂しい人間を作ってしまった。この、ダイナミズムを教育の現場に導入するには、今の制度下では、副読本・副教材の作成によるしかない。これを、国民有志による全国的な展開に待たねばならない。今、その時だ。
イヴァン・イリイチの「脱学校の社会」を読んでいる。学生時代にチョット読みかじったままにしていた本だ。この本では、今の学校が現社会システムの奴隷となる人間を量産するだけ、と言い切る。そこにはこのシステムから得られるであろう成果を「期待」するのみの人間の姿があり、期待に裏切られる人間の姿がある。自然界に善を見いだし、そことの関係性から生じる「希望」に身を委ねる生き方を提唱している。なぜなら「希望」は人を裏切らないからだ。
コロナ禍の中で、非対面、家庭内、のさまざまな教育・学習の取り組みが展開されている。学校に通わない学習の姿、これは新たな挑戦に違いない。
新型コロナによる世界的なパンデミックにより、思わぬことが見えてきた。予想を上回る現象で崩壊寸前の医療現場、仕事減・需要減で様々な生産現場が苦しんでいる姿、流通現場が喘いでいる姿。これらの姿は、我々の暮らしはいかに多くの人たちの支え合いで成り立っているのか、ということを今更ながら、教えてくれています。あわせて、今までの教育の内容が、生産現場・作業現場・活動現場を直視したり、接触したり、ということがないまま、砂上の楼閣のような教育内容であり続けた、ということを自覚させてくれます。だからこの砂上教育は、将来はユーチューバーになりたい、などというアホな子供を量産することにしかならないのです。もはや、現行教育の危機は表面化しているのです。
今は「反復学習」用の教材については、希望者には対応可能な範囲で提供させていただいてます。
まだ武蔵野セミナーをNPO法人化していない。日々の仕事に追われ、事務的時間が取れないことによる。しかしそうもしていられない。空き時間で、教材研究に勤しんでいる。38年間私塾をやっていて、常に思い知らされたことは、教材の重要性だ。教科学習の哲理とその方法論は、すでに確定している。それは、「気づきの学習」「反復学習」「調べ学習」の3つだ。これに対応する教材がまだまだ不備だ。38年間も、いったい自分は何をしてきたのだろう、とも思うが、これが自分の能力の現状だ!と開き直る自分も居る。
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