26/08/2026
誰かに何かを伝える時、
最近、とても大切だなと思うことがあります。
それは、
「今、私の矢印はどこに向いている?」
と、自分に問いかけること。
例えば、
「相手に分からせたい。」
「私が正しいって認めてほしい。」
「言うことを聞いてほしい。」
あるいは、
「嫌われたくない。」
「悪く思われたくない。」
「良い人だと思われたい。」
こんな風に
一見、
相手のことを考えて伝えているように見えても、
実は矢印が、
自分に向いていることがあります。
では、
矢印が相手に向いている時は?
「この人にとって、本当に必要なことは何だろう?」
「この人の未来のために、今何を伝える必要があるだろう?」
「どう伝えたら、この人に届くだろう?」
「この人が自分で考え、自分で選ぶために、私は何ができるだろう?」
そこにあるのは、
「相手を変えたい」ではなく、
「相手を大切にしたい」という想い。
そして、
ここでもう一つ大切なのが、
言葉だけを整えればいいわけではない
ということ。
どれだけ優しい言葉を選んでも、
根っこで、
「私が正しい。」
「あなたに変わってほしい。」
「言うことを聞いてほしい。」
と思っていたら、
その想いは、
表情や声のトーン、間、態度など、
非言語の部分から相手に伝わります。
逆に、
少しくらい言葉が不器用でも、
「あなたならできる。」
「あなたを信じている。」
「あなたのことを大切に思っている。」
そんな想いから出た言葉なら、
その温度も、きっと相手に伝わる。
だから、
「何を言うか」だけではなく、
「どんな想いから、それを言うのか」。
そこを大切にしたい。
そして私が思う、
「そこに愛がある」状態とは、
自分にも、
相手にも、
誠実であること。
「これを言ったら嫌われるかな。」
「こっちの方が私にとって得だから。」
「波風を立てない方が楽だから。」
「悪く思われたくないから。」
そんな損得や保身から選ぶのではなく、
「本当に相手のためになることは何だろう?」
「私は本当は何を感じているんだろう?」
「今、伝えるべきことは何だろう?」
と考える。
だから時には、
愛があるからこそ、
耳の痛いことを伝えることもある。
愛があるからこそ、
NOと言うこともある。
愛があるからこそ、
相手の期待に応えないこともある。
それは、
自分にも相手にも、嘘をつかないため。
愛って、
いつも優しくて、
心地いいものだけではないのかもしれません。
むしろ、
愛で生きるって、
すごく勇気のいること。
嫌われるかもしれない。
理解してもらえないかもしれない。
相手をがっかりさせるかもしれない。
自分が傷つくかもしれない。
それでも、
損得ではなく。
正しさでもなく。
保身でもなく。
自分にも相手にも、誠実であることを選ぶ。
だから、
もし怖かったけど、
本音を伝えることができたなら。
相手のために、
勇気を出して伝えることができたなら。
嫌われるかもしれないけど、
自分にも相手にも嘘をつかない選択ができたなら。
思いっきり、自分を褒めてあげよう。
「私、よくやった!」って😊
もちろん、
私もいつもできるわけではありません。
自分を守りたくなる時もある。
「私が正しい」と、
証明したくなる時もある。
損得で考えてしまう時だってある。
だからこそ、
その度に自分に問いかけたい。
「今、私の矢印はどこに向いている?」
そして、
「そこに、愛はある?」
愛から選択できた時は、
思いっきり自分に🙆♀️を出してあげよう。
完璧じゃなくていい。
何度でも問い直しながら、
自分にも、
相手にも誠実に。
私は、そんな風に生きていきたい🌿