古伝体術

古伝体術 自然体に基づく調和の武道を古伝体術と称して追求しています

29/06/2026

「沈身」という動きには、単純に身体を沈めるのではなく「融和する」感覚を認識する必要があります。それにより、相手を「腑抜け」とする世界が拓けてきます。

自然身体思想 古伝体術

https://kodennoosie.com/

7日間無料メール講座
神秘的武技を体得する方法

https://kodennoosie.com/mailmag/

14/05/2026

古伝体術 中野由哲の動画をチェックしよう。

21/04/2026

今回の動画では、
「体内に龍を宿す」という表現で語られる、
螺旋の力についてお話しします。

武術において、多くの場合は
力を出すこと、相手に打ち勝つことに意識が向きます。

しかし、古伝体術で求める身体は、
力をぶつけるものではなく、
流れの中で働くものです。

その流れを生み出しているのが、
身体の内側にある「螺旋」の働きです。

螺旋が通ったとき、
身体は無理なくつながり、
衝突することなく力が伝わっていきます。

この状態は、
自分で動かしているというよりも、
“何かに動かされている”ような感覚に近いものです。

それを、ここでは
「体内に龍を宿す」と表現しています。

外にある力を使うのではなく、
内側に流れているものに気づくこと。

その感覚に触れることで、
身体の在り方は大きく変わっていきます。

ぜひ動画を通して、
その螺旋の感覚を感じてみてください。

▼体験稽古のご案内
https://kodennoosie.com/menu

▼無料メルマガ(7日間で身体感覚を深める)
https://kodennoosie.com/mailmag/

16/04/2026

今回の動画では、
「気づかれずに入る」という動きが、どのように成立するのかについて解説しています。

多くの場合、入身は「速さ」や「タイミング」で行うものと考えられています。
しかし実際には、そうした操作によって入ろうとするほど、相手に察知され、衝突が生まれます。

では、なぜ気づかれずに入ることができるのか。

その鍵となるのが、「自我を消す」という在り方です。

自分で動こうとする意識が消えたとき、
身体は“水”のように変化し、
相手とぶつかることなく、自然と入り身が成立します。

また本動画では、「刀に操られる感覚」という視点から、
この状態がどのように生まれるのかについても触れています。

これは技術ではなく、身体の在り方そのものの問題です。

この感覚は、動画では完全に理解することはできません。
実際に体験してみたい方は、以下を参考にお申し込みください。

▶ 体験稽古・講座の詳細はこちら
https://kodennoosie.com/

♦~自然身体思想~古伝体術公式HP

https://kodennoosie.com/

20/03/2026

今回の動画は
自然身体シリーズとしてお届けします。

武道には多くの「型」が存在します。

しかし多くの場合、型は
攻防の意味として解釈されることが多く、
技術の手順として理解されがちです。

私自身は、型をそのように限定して捉えていません。

型とは、単なる技の形ではなく、
身体の中にエネルギーの回路を生み出す装置です。

形をなぞることで身体の中に流れが生まれ、
そこから自由な発想が立ち上がってくる。

その発想は、
相手とぶつかる動きではなく、
ぶつからない身体の世界へとつながっていきます。

型に縛られるのではなく、
型とつながる。

形から生まれるエネルギーを感じながら、
自然身体を探求していく。

今回はそんな「型」の捉え方についての動画となります。

この動画の感覚を、実際に体験してみたい方へ
▶ 体験稽古・講座の詳細はこちら
https://kodennoosie.com/

16/03/2026

多くの人が間違えている。

刀を「上手く振ろう」とする限り、
あなたは一生ぶつかり続ける。

操作しようとする意識がある限り、
身体は分断され、
衝突は消えない。

古伝武術が示しているのは、
刀を操る技術ではない。

“操られる身体”を創ることだ。

そのために必要なのが、
内部に回路を創るという発想。

部分ではなく全体が同時に動くとき、
切先が身体を導く。

それは力ではなく構造。

技ではなく思想。

本動画では、
刀に操られる世界とは何かを、
実践と共に解説する。

争わない武道は、可能か。武道というと相手を倒す、制する、勝つそんなイメージがつきまといます。けれど日本武道の奥には、争いを生まないための身体の在り方が確かに存在していました。自分の内部に軸と回路を創り、相手の攻撃に翻弄されることなく、結果と...
19/02/2026

争わない武道は、可能か。

武道というと
相手を倒す、制する、勝つ
そんなイメージがつきまといます。

けれど日本武道の奥には、
争いを生まないための身体の在り方が
確かに存在していました。

自分の内部に軸と回路を創り、
相手の攻撃に翻弄されることなく、
結果として相手が崩れ、制御されていく。

そこにあるのは
「勝ち負け」ではなく
和と調和の世界です。

今回の講演では、
日本の仏像――特に運慶の仏像に見られる
螺旋の身体構造、
そして日本剣術における「切り」の構造から、

人間本来の、
宇宙と調和した無理のない動きを探ります。

争いの心が生む「不自然な動き」は、
自然な身体の前では、
静かに流れ、ほどけていく。

武道を通して
自己を発見し、自己を高め、
そして相手もまた高まっていく――
そんな道は本当に存在するのか。

「技」ではなく
在り方を探求したい方へ。

非常に静かで、貴重な時間になると思います。

ご興味のある方は、直接会場へお越しください。

16/02/2026

今回の動画では
「抜刀にすべてをかける」ということの本質を解説します。

一瞬にすべてを懸ける。

遊びをなくし、余分を削ぎ落とし、
その一点に身体と意識を統合する。

しかし不思議なことに、
徹底的に“剛”を追い求めた先で現れるのは“柔”。

力を強めた結果ではなく、
すべてを同時に動かしたときに生まれる、
居着きのない身体。

「抜刀」と「柔」がどのようにつながるのかを探ります。

武道は戦うための技術ではなく、
自らを削ぎ落とす道。

その世界観に触れていただければ幸いです。

01/02/2026

刀を操ろうとした瞬間、
動きは必ず「ぶつかる」。

木刀を握ったとき、
多くの人は無意識に
・思い通りに振ろう
・正しく動かそう
・制御しよう
とします。

この瞬間に立ち上がるのが
**エゴ(自我)**です。

エゴが出た時点で、
身体は刀の動きから切り離され、
「自分が動かす」「相手に当てにいく」
という相対的な力の世界に入ります。

すると、
刀と身体は分断され、
動きは必ずどこかで止まり、
相手や空間と衝突する動きになります。

今回の動画でシェアしている稽古は、
刀を「操る」ことをやめ、
刀に身体を預けるための訓練感覚づくりです。

木刀に委ねる
切先につられる
抜きや螺旋

それらを意識しながら
先に身体が動くのではなく、
刀の動きに身体が連れていかれる。

このとき初めて、
「刀に操られる感覚」が立ち上がります。

面白いのは、
この感覚が出た瞬間、
動きは速くなり、
強くなり、
それでいて、ぶつからなくなること。

力を抜いたのではない。
操作を捨てただけ。

エゴを手放した時、
身体と刀、空間が一つの流れになる。

それが、
古伝体術でいう
**「ぶつからない動き」**の入り口です。

30/01/2026

当身の極意

当身というと、
「突く」「打つ」「力を入れる」
そうしたイメージを持たれがちですが、
実際に力が“貫通する”瞬間は、まったく別の感覚の中にあります。

自分から突かない。
押し込まない。
狙わない。

むしろ、
ヨチヨチ歩きのような不安定さの中で、
手が前へ引っ張られていく感覚に身を預ける。

すると、
身体のどこか一部分で出していた力ではなく、
身体全体の重さと構造が、そのまま通っていく。

それは「技」ではなく、
身体がそう動いてしまう状態。

力を出そうとするほど消え、
力を捨てたときにだけ、静かに立ち上がるもの。

当身とは、
相手に何かをする行為ではなく、
自分の中の“余計な操作”が消えた結果として
起こる現象なのかもしれません。

分かる人には、
きっとこの違和感が残るはずです。

住所

神奈川県
Yokosuka-shi, Kanagawa
2390806

ウェブサイト

アラート

古伝体術がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

ショートカット

  • 住所
  • アラート

共有する

カテゴリー