12/12/2018
2015年1月【発】
新年、明けましておめでとうございます。
旧年中のご厚情に心より御礼申し上げると共に、本年が皆様にとって幸多き年となられますようお祈り申し上げます。
本年も精進して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
幼い頃身体が弱くて、近所の友だちと外で遊んだ記憶がほとんど無い私は、毎週日曜日に父に図書館に連れて行ってもらい、本を借りて読むのが習慣でした。
身体が弱かった記憶の薄らいだ今も、読書は私にとって大切な楽しい時間です。
今でこそ、たくさんの友人に恵まれましたが、いわゆる『本がお友だち』だった私は、人とのコミュニケーションに慣れておらず、自分の気持ちや考えを発信することが苦手でした。
好奇心や知識欲が旺盛だったこともあり、今までたくさんのものを受信してきましたが、50歳を過ぎて、ようやく自分の中に溜めてきたものを、発信したくなってきました。
しかし、発することには、実は恐れもあります。
なぜならば、そこには評価がついてくるからです。
自分が発したものは、いわば子どものように愛しく大切なもの。
その子を人目に晒すことによって、大切に扱われなかったり、無視されてしまったりしたら悲しい気持ちになるのではないか。
また、溜めたものなど大して多くなく、底も浅くて、すぐに尽きてしまうのではないか、という自信の無さもあります。
何にしても、気軽にチャレンジできず、憂えるタイプの私ですが、それでも発したいという思いの方が勝ってきました。
今回は【発】を分析することで、恥ずかしくない発信ができるよう、自身の心構えを作りたいと思います。
【発】
字が左右に分かれないので、直情の形といい、自分の思いに忠実で終始一貫した姿勢があると観ます。
【発】は【癶】と【元】のような字で構成されています。
【癶】
先ず書く【癶】の【フ】は、圧力を堂々と受け止めた後、方向を変えて、勢いよく左斜め下に下ろします。
一旦はあるがままに状況を受け止め、要る、要らないを明快にし、勝気な姿勢で意志を決めます。
その姿勢に潔さが見える【フ】ですが、【ノ】の真ん中辺りに当てるように上から【丶】を書くことで、意志を確認する慎重さがあるといえます。
また【丶】は、【フ】の【一】の下で守られているとも見え、堂々と見せてはいるけれど、ナイーブさを秘めているとも見えます。
今度は、【ノ】に向かって【〃】を書きます。
貪欲な姿勢で情報を検証・取り込もうとし、【フ】の【一】の右端から【乀】を【ノ】と対称になるように書き、その全てで自分の価値観を構築します。
【癶】は、左の部は我慢形の字で保守から革新の質へ、その中にまた保守的な【丶】を隠し、右の部は感性の字で革新の質の【〃】を晒し、それを保守的発想で自分の価値観とする、という、複雑極まりない全く違う要素の資質を有します。
強気さと、慎重さ、様々な角度からのチェックで、内面をしっかりと守り切る、完璧な備えがあるといえます。
【癶】の中に守られている【元】のような字で、行動に起こします。
守られた空間で【二】二本の線で検証を重ねます。
自分の経験則を元に、じっくりと検証してから、その二本の線を【ノ】で断ち切り確認しながら、自分流の物の観方を勝気に表現します。
さらに【乚】も同じように二本の線を断ち切り確認しながら、今度は集大成としての自分の価値観としてプライド高く発信していくといえます。
一旦発したら、振り返ることは無く、プライドを持つともいえますが、発したものは取り返しがつかないともいえます。
どんな反応があろうとも、発したものへの責任とプライドを持ち、発し続けるしかない上向きの字です。
また、二本の横線と縦線の間に【口】のような空間も有します。
ここには、常に経験や情報が、雑多な状態でストックされているともいえます。
【発】の文字の中心に有り、守られているこの空間は、過去の経験も未分化で、ごちゃごちゃな状態ともいえましょう。
その時々に合った表現の発信をし、時が経てば、また違った表現で発信することもあるかもしれない。
結論ではなく、常に進行形の発信を余儀なくされる、ともいえますし、尽きることは無い大きさや深みを持つともいえます。
【癶】の【フ】と【乀】に方向を同じくして、【ノ】と【乚】で発信をします。
【発】には、中心線を通る線はありません。
結論を明快に表現するのではなく、発したいという強い意志の元に、自分流の物の観方を精査しながら極め、それを偏ることなく保守の質でルールを守って発信します。
自分流ばかりでは理解され難く、目新しくなければ、興味をもたれ難い。
絶妙なバランスの良さは、【癶】の備えの完璧さに守られているおかげかもしれません。
【発】は、あるがままの世界を、自分流の感性で発信したいという強い意志と、検証を重ねながらバランス感覚の有る自己表現を養い、練り上げた考えを勝気に、プライドを持って発信する字といえます。
先に思い有りき。
そしてその前に、現象有りき。
全ての物事を、ニュートラルに受け止める公平さと、自分の感性で解釈する独創性。
この世に現象は尽きることは無い。
自分の言葉で表現したい、と思い続ける限り、常に現象は内面にストックされ続けるから、書くものが尽きることは無い、とわかったことは、安心でした。
また、発することで恐さを感じていた周囲の評価も、どう発信すれば良いかがわかり、安心と共に気が引き締まりました。
2015年は、【発する】ことにフォーカスして過ごしていこうと思っています。
皆様、いつも応援していただきありがとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。