兵庫県立舞子高等学校環境防災科

兵庫県立舞子高等学校環境防災科

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環境防災科での学びや活動を紹介しています。

18/01/2026

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

『ママ!見て!
(緊急地震速報の音の真似)
ほら!Kくん(弟)が地震が来たら頭を守ってる!
ちゃんと保育園で教えてもらったこと覚えているよ!』

リビングで訓練の復習を始めた娘。
自分が学んだことを一生懸命表現しながら、
興味を持っていると伝えているのかな?と感じた。

『ママが小学2年生の時に体験した地震のお話し
少しだけ話そうか』

娘がわかる実家の場所であったこと

近所の友達の家に安否を確認しに行ったらお父さんに怒られたこと

しばらく母方の実家に子供だけ避難したこと

そして、
『1.17体調がよかったら、ママのお仕事の後
 Moroのお母さんがいる東遊園地・公園に行こうね』
と話したら、

『なんでそこにMoroのお母さんがいるの?』
と尋ねてきた。

その時のやり取りを残しておきたい。

----
私 『Moroのお母さんは、あの日病院に入院していて
地震で病院も壊れてしまって、亡くなったの。
帰りを待っていたMoroは、急にお母さんと
会えなくなってしまったの。
  東遊園地には阪神・淡路大震災で亡くなった方の
  お名前がかかれたところがあるんだよ』

ー娘は涙を流し

娘 『Moro 寂しかったよね。私なら無理。
地震のこと、Moroのお話しもう少し聞かせて』

ー横に双子の片割れと弟も寄ってきて、3人並んで
正座をしてわたしを見る。

 病院の被害の様子
 お母さんが見つかり亡くなったとわかったときに、 
 お父さんが家族に
 “あかんかった“と伝えた話をした

息子『あかんかったってことは、Moroのお母さんは
   帰りたかったってことでしょ?
   Moroと会いたかったってことなんでしょ?』

娘『Moroがお話しすることがあったら聞きたい。
  でも話したくないことは聞かない。
  でも教えて欲しい・・・
  でもでも、無理には聞いたらあかん』

私『毎日顔を合わせられることは、当たり前じゃない。
  家族で一緒に過ごせる時間を大切にしようね』
----

息子が、語りの中の言葉をひらい
亡くなった方の思いを重ねて 感想を話した時、
全部はわからないかもしれないけど、
子どもなりに感じ取ろうとしている。

子ども目線の記憶・語りは、震災後に生まれた子が
イメージしやすい。

諏訪先生も話していた同世代の語りのチカラを
実感できた瞬間だった。

娘のお願いをMoroに話してみた。
『もう少し大きくなったら話そうか』

来年なのか、再来年なのか。
Moroのタイミングで語らう場を設けたい。

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #震災31年  #次世代

16/01/2026

『ママ、わたし阪神・淡路大震災のこと知りたい』①

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

2026年 1月。
5歳の娘から
『ママ、阪神・淡路大震災のこと知りたい』
と言われた。

今までは、『地震は怖いよね』程度の話だったのに、
なぜか具体的に過去のことを尋ねられた。

1月17日を前に保育園で実施された避難訓練で、先生から阪神・淡路大震災のことを聞いたことが、きっかけだった。

毎年保育園では1月にはお話しされているけれど、5歳になってはじめて、大きな地震で何が起こったのか気になったのかな?

幼児にも学べる術はないか、防災に取り組んでいても、我が子が理解できるには どうしたらいいか悩んだ。

『そうだ!一緒にまち歩きに行ってみよう』

ちょうど神戸市中央区内の震災遺構地などを巡るデジタルスタンプラリー(https://event.city.kobe.lg.jp/event/klj6HTTQitP7JqJ7C6g9)が実施されている。

全部は一緒に行けなくても、1995年1月17日のこと、あれからのことを知れる場所に足を運んでみようと家族で少しだけチャレンジした。

人と防災未来センターの屋外にある“神戸の壁・鎮魂と復興のベンチ”にいったとき
---
娘 『ここ横の病院(神戸こども初期急病センター)には来たことあるね!この石のベンチは何?』

私 『昔、火事が起きても広がらないように作られた壁で、戦争のときも震災の時も壊れずに残ったものをベンチの一部に使っているんだって』

娘 『阪神・淡路大震災の時、たくさん火事もあったの?』 

私 『ママが住んでいた地域は火事はなかったけど、前遊びに行った鉄人28号のある長田区では、たくさん火事があったんだよ。消防士さんも地域の人も、みんなで協力して助けあったんだよ』など・・・
---
モニュメントを訪れて、娘から質問攻めにあった。

詳しいことまでは話せなくとも、ひとつ足を運ぶたび1.17についての会話が自然と生まれた。

このデジタルスタンプラリーのタイトルにもあるように、『記憶』と『希望』その二つを子どもに伝えたい。

日を改めて、自分の震災体験と、親友Moroの震災体験の“語り継ぎ”をしてみることにした。

---②に続く---

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #震災31年  #デジタルスタンプラリー『記憶と希望のまち歩き』

10/10/2025

【告知】
先月、ストーリーズでもお知らせしたフォーラム
次世代防災ジュニアリーダーによる「震災をつなぐ・伝える」が、明日開催されます。

阪神・淡路大震災を始め、県内外で起こった災害について、高校生目線で調査し、発表。

また、高校生等防災ジュニアリーダーのそれぞれの活動等の内容、成果、今後の課題等について、県民が参画できる場所において公開・発表し、減災・防災について伝える活動を実践します。

環境防災科の生徒はもちろん!
パネルディスカッションには、環境防災科初代科長の諏訪清二先生と、語り継ぐ続編プロジェクトにも参画している 環境防災科1期生の前田緑も登壇します。

ひょうごで防災を学び、実践してきた若者の思いを、共有できる素敵な時間になると思います(^^)

台風情報が気になる三連休ですが、お買い物がてら
ぜひJR神戸駅すぐのデュオこうべへお越しください!

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開催日:2025年10月11日(土)13:00-16:00
会場:デュオ神戸 デュオドーム
主催:震災30年防災教育事業実行委員会(教育企画課内)
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#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #防災ジュニアリーダー  #震災30年  #デュオこうべ

23/09/2025

経験と気持ちのシャワー

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

今朝 スマホを見ると同級生のMoroからLINEが届いていた。

「この動画が知人から届いた。神戸の昔を見てるようや。いまだに、災害が発生した被災地の映像をみるたび、1995年 阪神・淡路大震災後にみた景色を思い出すんだ。」

メッセージと一緒に
2024年9月21日に発生した『能登半島豪雨』1年の特集動画のリンクが貼られていた。

私もすぐに見てみた。

その中で紹介された被災者の1人が、
親族を複数名亡くし、残った自分は行政職員として被災者対応、中学生の娘がいると語る。

この動画をみた私は

「輪島に住み込み、大学生と復興支援にかかわる教員がいてね。震災後、手付かずの農地を耕して被災地の方と農業をする、やりがいの場作りをしようとしている。
その人の話を聞いた時に、震災直後“生きて仮設を出よう”と見守りボランティアに取り組み、復興住宅に移ってからも集会場を使って四季を感じるイベントを催し、居場所づくりをしたMoroのお父さんのことを思い出したよ」
と、返事をした。

私の言葉を読んだMoroが語りを重ねる。

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2012年 諏訪先生たちと東北の被災地訪問したときに、私の語りを聞いて、ある人がかけてくれた言葉を思い出した。

『17年前の阪神・淡路大震災のときに、神戸の人達がこんなに辛い思いをしてくれたお陰で、今私たちは、こんなに沢山のアドバイスを貰う事ができてます。本当に感謝しています。
たくさんの支援や、気持ちをシャワーのように浴びているようです。』

当時の子どもで被災した私が、東北に行って、大きくなった姿を見せたこと

“あの時はこうだった”
“あれからこんなことがあった”
“今は、こんな街になった”
という経験・語りが、今の被災地の復興に向けたシャワー=力になっているんだなと。

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語りは、被災地支援の力にもなる。
被災者の語らいの経験から教えてもらった。

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #東日本大震災 #能登半島豪雨

02/09/2025

防災の日に生まれて

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

9月1日を迎え、39歳になった。

高校を受験するまでは、2学期の始業式の日が誕生日でということもあり
久しぶりに顔を合わせる友達が ”おめでとう”と声をかけてくれることが嬉しかった誕生日。

受験先を、兵庫県立舞子高等学校 「環境防災科」に決めたときに
防災の「ぼ」の字も知らないと思った私は、防災とつくものを探すようになった。

その時に、初めて自分の誕生日が「防災の日」であることを知り、なぜか

「私が学ぶべきことなんだ」と、勝手な使命感をもった。
自分に何ができるのかもわからないのに・・・。

でも、いろいろ調べていくと、大切な人を守るために 誰もが必要な学びであると感じるようになった。

縁あって、2002年4月に 環境防災科に入学することができた。

授業を通して、本気で向き合ってくれた高校の先生や外部講師のかたから、阪神・淡路大震災のいろんな経験、災害に備えるための知識を教えていただいた。

学んだことを自分の中に知識を留めるのではなく、多くの人に伝えていくことは、卒業しても続けていこうと思うようになり

”専門家になれなくても 身近な人に人生を通して防災を伝えていきたい”

その思いが高校で芽生え、卒業してから20年が経った今。

自分の誕生日は、防災にかかわる仕事をしながら
”防災の日は、greenの誕生日だね。おめでとう”と、言われるようになった。

誕生日は、大切な人を守る知識を広める日として、これからも学び・伝えていきたい。

防災週間に合わせて実施したイベントをしていると、記者から「震災31年 何か考えられていますか?」と尋ねられた。

「特段、31年だからコレといったことは予定していないけれど
いつまでも、防災・継承をしている仲間とのつながりを大切に 歩んでいきたい。」

10月11日(土)に、恩師の諏訪先生と肩を並べて話す機会をいただいた。

今、防災に取り組む高校生も登壇される。

高校の先も、防災をいろんな形で続けることができるよ、と。

頑張る若者に夢を与えられる
そんな39歳になりたいと思う。

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #防災の日 #震災31年に向けて

”生きづらさ”と”孤独”に寄り添える漫画を制作して、若者たちに届けたい! 21/05/2025

卒業生のプロジェクトです。クラウドファンディングは今日まで!よろしくお願いいたします。

”生きづらさ”と”孤独”に寄り添える漫画を制作して、若者たちに届けたい! 「私なんて誰からも必要とされてない」本気でそう語る若者と出会ってきました。言葉では届かない思いも、漫画なら誰にも邪魔されずに自分と向き合いながら受け取れる。登場人物に共感したり、自分を重ねたりしながら...

Photos from 兵庫県立舞子高等学校環境防災科's post 17/04/2025

気づいたら 2025.1.17から今日で3ヶ月。

2025年4月26日・27日には、神戸市震災30年事業『レジリエンスセッション 震災と未来のこうべ博』が開催されます。

ウォーターフロントエリアの4会場(KIITO、みなとのもり公園、新港第1突堤西側、メリケンパーク)を舞台に、震災の記憶を未来につなげるとともに、最新の防災テクノロジーや防災・減災の取り組みにふれて、学べて体験できるイベントです。

その一環で実施されるステージプログラムや、シンポジウムで諏訪先生が登壇されます。

【告知1】
『震災を語り継ぐ』
日時:2025年4月27日(日) 11:00-12:30
場所:みなとのもり公園 特設ステージ
企画:神戸学院大学
協力:関西国際大学、神戸親和大学、兵庫県立大学大学院 減災復興政策研究科、兵庫県立舞子高等学校

震災から30年を迎えた神戸のまち。
阪神・淡路大震災を知らない世代に、あの体験を語り継ぐために、登壇者によるトークセッションと、一般参加者との交流の場を設けます。

『しあわせ運べるように』の作詞作曲者である
臼井真先生

1995.1.17生まれの語り部
中村翼さん

防災教育や語り継ぎがご専門の
舩木伸江先生

そして

諏訪先生が登壇されます。

このメンバーでの登壇は初めてだと思います。
とても温かいステージになること間違いなし!

防災の知識がなくとも、共感できる時間になると思います。

語らいの最後には、阪神・淡路大震災からの復興を願う「しあわせ運べるように」をみんなで合唱します。環境防災科や協力校の学生らの合同合唱団と、会場の皆様による合唱です!

また、ステージプログラム開始までに(26日含む)、会場内で来場者の方のミニ語りツリー🌲をつくります。学生らが当日、ヒアリングなどで集めた語りを木にします。

家族、お友達で1.17に思いを寄せに来てください!

【告知2】
シンポジウム「 震災30年 ~神戸の防災教育のあゆみ~」
日時:2025年4月27日(日) 13:00-15:00
場所: デザインクリエイティブセンター神戸(KIITO)2階ギャラリーC
定員:約60名(事前申し込み不要、当日先着順・自由席)

震災から30年の成果の一つに防災教育を挙げる室崎益輝氏をモデレーターに迎え、神戸で生まれた様々な防災教育の実践事例を紹介するとともに、これからの神戸の防災教育について考えます。

モデレーター:室崎 益輝氏
登壇者:渥美 公秀氏
    諏訪 清二氏
    永田 宏和氏

環境防災科にご指導いただいた先生方ばかり!
この豪華シンポジウムも見逃せません!

・・・この他にも会場では、たくさんのプログラムがあります!

ピクニックがてら震災と未来のこうべ博へ
行ってみませんか?

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #震災と未来のこうべ博  #みなとのもり公園  #プラスアーツ

11/03/2025

東日本大震災から14年②

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

2014年 防災に関わる仕事に転職をしたことが、新聞で掲載されたのをみて
『greenさんが、高校三年生のときに震災語り部をされていたのを聞いた新聞記者のものです。』
と、1通のメールが届いた。

一度会った人を覚えることが得意な私は、すぐに思い出し返事をした。

ぜひ、東北で会おう!と約束し、記者の方がおススメの 気仙沼出身の方がされている仙台市内の居酒屋で2015年2月に再会。

大将自身、仙台で被災され、発災後早々に故郷 気仙沼へ炊き出しにと店の調理器具・食材詰め込んで向かったお話を聞いた。

“何ができるかわからないけど、神戸から来ました。あの日のこと、あれからのことを聞かせていただいて ありがとうございました“

そうお伝えしてから、居酒屋に何度も訪れては
大将に、いろんな人をつないでいただいた。

・震災当時 高校生だった気仙沼出身の大学生
・気仙沼出身で震災語り部をしている中学校教諭
・気仙沼地域出身者を中心に結成したプロジェクトに関わる女性・・など。

同じくらいのタイミングで、仕事でかかわっている大学生から
『遠く離れた関西の地で、東北の食材の魅力を伝えながら被災地の今を伝えたい』
と、相談を受けた。

被災地にいかなくても、
被災地の今を伝えたり 応援することができる。

学生らの思いに共感し、大将に東北の食材や郷土料理のことを教えてもらうようになった。
ー関西でなかなか食べることがないサメや
 雄勝の活きホタテなど、学生が自ら
 レシピを考えては、ブース出展をして
 料理を販売、東北の方々から教えてもらった
 食の魅力や 被災地の今を伝えたー

その取り組みから、学生らは私がいなくても
『大将 久しぶりです。来ました!』
と、仙台に通うようになり、その学年の卒業後は同じように後輩たちがつながりを引き継いだ。

この活動の一環でお世話になった
石巻市でセリ農家をされているご夫婦がいる。
ー私は我が子に、石巻のじいちゃんとばあちゃんだよと伝えているほど、今も繋がっているー

お孫さんを亡くされたご遺族の方だと、大将から聞いていた。

学生と
『せりの収穫、教えてください』
と言って 震災当時のことは聞かずに、作業を共にさせてもらった。

“見ず知らずの若者がきてくれた。こんな縁ができるとは、、“

その言葉の次に、電車が好きだった亡くなったお孫さんの話をしてくれた。

その話になんと返せばいいのか、言葉がなかなか出てこなかったけれど、
“お孫さんのこと、話してくださってありがとう。
これからも遊びに来ていいですか?“
と尋ねると

“いつでもおいで“
と言ってくださり、たびたび足を運んだ。

コロナ禍、出産などで2020年2月以降
東北に行けていないけれど
毎年クリスマには
“今年も美味しいのができたよ“
とセリを送ってくださる。

発災当時 2011年は、現場に行けないことに
無力さを感じていたが、
今は、少し広く考えることができるようになった。

消防や警察、自衛隊なども、緊急支援で駆けつける人、後方支援をする人、支援にいっている間 持ち場を守る人。

それと同じように、私たちボランティアも
現場はもちろん、すぐに現場に行けないのなら
募金に協力したり、メッセージを届けたり。
離れた場所から応援することは、いくらでもある。

離れた場所での活動には、現場にいき活動するのと同じ価値がある。

そう思うようになれたのも、関西の地で東北の魅力を伝える学生らの姿に
“君らの活動に 元気をもらっているよ“
と喜んでくださった東北の人の声からだ。

東日本大震災から14年。

いったことがある人も ない人も
3.11の報道・記事をひとつでも 読んでもらいたい。

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #東日本大震災14年  #被災地支援

11/03/2025

東日本大震災から14年①

◼︎寄稿者 1期生 green(震災当時8歳)

2011年3月11日は、社会人2年目。
JAの窓口業務も徐々になれてきて、金曜日ということもあり、先輩たちと夜に食事に行く予定をしていた日だった。

昼休憩を終え、窓口に戻って事務処理をしていたとき、休憩室から先輩が走ってきた。
『東北地方で大地震や』
その一言を聞いて、休憩室に走ると、津波避難を促す災害報道が流れていた。

当時は東北には知人はおらず、一番に頭に浮かんだのは、東京に勤務する大学時代の友人だ。
まだLINEがなかった当時。
私は、メールで安否を確認した。
『無事やで。でも、帰宅困難者になった。』
携帯の充電も無くなってはいけないので“何かあったら何時でもいい。連絡して“と伝え、無事を祈るしかできなかった。

離れた関西の地。
周りの人は、いつもと変わらない様子で仕事をして過ごしていたことに、災害報道を受けた時の温度差に胸が痛くなった。

私は東北地方で到達した津波、その後の被害や被災者の方のことが気になり、何かできることはないか。
夜中も起きて情報を集めては、恩師に『何かできることは・・・』とメールをした。

翌日以降も報道される被災地の様子に“ボランティアにいこう“そう思い、翌週 出社したときに『東北の被災地にいくため、ボランティア休暇とらせていただきたい』と上司に申し出た。

『思いはわかる。しかし、あなたが休暇をとり席をあけることで業務はどうなる?年度末ということもあるし、余震も続いている中行って、何かあったらどうする、、』
との回答から、発災直後の支援は諦め、母校である舞子高校がボランティアバスを出すと聞き、現地活動に使うタオルの寄贈の呼びかけに、自宅にあるタオルを届けたこと、募金したこと。

わずかな支援しかできなかったことを、何年も後悔してきた。

いつか東北に足を運ぶ。
そして、被災地の人たちのためにできることをする。

そう決めた2011年。
2013年に初めて宮城県を訪問。
改めて、いま自分にできることは?と考えた。

2014年からは、年に複数回訪問しては東北の知人が増え 家族のようなつながりが広がっていった。

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #東日本大震災14年  #被災地支援

Photos from 兵庫県立舞子高等学校環境防災科's post 15/02/2025

「子育て世代の自分たちにできることを考える」

環境防災科2期生の3名で、「子育て世代の自分たちにできることを考える」というテーマで座談会をしました。
震災当時小学1年生だった自分たちが母になり、次は自分の子どもたちがあの頃の自分と同じ世代になっている。親目線・子ども目線で、地震への備えについて投稿にまとめました。
(タイトルと似顔絵は子どもたちが書きました👶)

<参加者>
A.F 小学4年生・1年生のママ 神戸市在住
E.M 1歳児のママ 神奈川県在住
H.Y 小学1年生のママ 神戸市在住

<防災リュックに入れておきたいもの>

🔹 オモチャや遊べるもの
震災のとき、大変そうな親を見ていると自分が「遊びたい」って言えなかった経験から…。遊び道具って心の支えになるんだよね。
✏️ 紙とペン、色鉛筆、磁石ボード(筆談にも使えて便利!)

🔹 サイズアウトした服
長袖でもハサミで切れば半袖になるから、着なくなった服も防災リュックにIN!

🔹 (おむつ卒業してても)おむつ
トイレが使えない時や、万が一の嘔吐時に大活躍。嘔吐時に使用する際は2枚使って、隙間ができないように重ねます。使用後は捨てるだけで、何かと便利だから入れておくのが◎

<普段から備えておきたいもの>

🍌 子どものお腹を満たす常備食
バナナ、みかん、魚肉ソーセージ、パン、お菓子。
→ガス・水道・電気が止まっても食べられる非常食にもなる!

🧻 日用品は多めにストック
米、水、トイレットペーパーは多めにキープしておくと安心。

🍜 カップ麺やレトルト食品はローリングストック!
買い足しながら消費していくのがポイント。
詳しくはこちらのアカウントも見てみてね!
神戸学院大学 防災女子


日常の中で少し意識して備えるだけでも、いざという時には役立つはず。
家族のためにも、防災リュック&備蓄の見直し、ぜひしてみてください!📝

#語り継ぐ  #阪神淡路大震災  #舞子高校環境防災科  #環防  #備蓄  #子育て

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